サッカー界で交渉力を高める方法「基本概念編」

選手と代理人、代理人とクラブ、クラブとスポンサー。どの関係にも、双方に主張と要望がある限り「交渉力」が必要になります。

筆者がこの連載を書いたのは2014年12月でした。当時の筆者は、交渉の基本概念を8つに分けて並べ、そこにサッカー界の実例を絡めました。

12年が経ち、そのとき挙げた例のいくつかには、もう答えが出ています。ここから、ひとつずつ確かめていきます。この連載は当初4回を予告していましたが、実際に公開されたのは2回だけでした。理由も、最後に書きます。

交渉の定義と、合意の3つのパターン

基本概念を知らないまま席に着くと、足元を見られます。選手の目線で言えば、代理人に任せたクラブとの交渉が、思っていたものとかけ離れた結果になることもあります。まず他力本願で100%任せる前に、全体的な定義を知ったうえで、自分の主張と要望をしっかり伝えることが必要になります。

当時の筆者は、交渉をこう定義していました。

2人以上の当事者が互いに異なる立場から合意できるポイントまで動くプロセスである。

参考及び一部引用(本稿末尾の2冊)

囲みで示す定義は、いずれも巻末に挙げた参考文献2冊からの引用です。当時の筆者は、どちらの書からの引用かまでは記録していませんでした。したがって書名を特定した出典表記はせず、文言は当時のまま1文字も変えずに引きます。

ここで注意したいのは、交渉が人と人の関係を中心にした行為だということです。自分の意見を通したいとき、相手には相手の立場があり、相手にも意見があります。それを忘れた時点で交渉ではなくなります。

合意のしかたにも型があります。

①相手を引き入れる
②自分が歩み寄る
③互いに譲り合う

参考及び一部引用(本稿末尾の2冊)

自分の意見が通るか、相手の意見を飲むか、互いにどこまで譲り合うか。譲り合う場合は、譲った分だけ交渉の成果は小さく、譲ってもらった分だけ大きくなります

「立ち去る権利」は、実際にこう行使された

自分にも、相手にも立ち去る権利がある

参考及び一部引用(本稿末尾の2冊)

合意できればそれでいいのですが、不合意なら立ち去る、あるいは立ち去られる可能性があります。無理矢理、強引、脅迫は論外で、不承不承で合意したとしても長続きはしません。

当時の筆者は、その例としてセレッソ大阪のディエゴ・フォルランを挙げました。こんなはずではなかったと、契約条件を放棄してでも立ち去る権利を行使する可能性がある、という書き方です。当時のセレッソはJ2降格が決まった直後で、チーム内の得点王がベンチを外れる試合もありました。

実際は、少し違う形になりました。クラブの公式発表を引きます。

弊クラブ所属のフォルラン選手とは2015年7月31日まで契約がございましたが、クラブと本人が合意し、2015年6月22日(月)付で契約満了となりますので、お知らせいたします。

セレッソ大阪「フォルラン選手との契約について」(2015年6月15日)

放棄ではなく、双方の合意による契約満了でした。同じ発表に本人のコメントも載っています。

最後に、サポーターの皆様そしてクラブにとって、J1復帰という最高の結果が訪れるよう、これからもセレッソのことを応援しています。

セレッソ大阪「フォルラン選手との契約について」(2015年6月15日)

立ち去る権利は、たしかに行使されました。ただし一方的にではなく、去る側と残る側が合意する形で、です。

同じ原稿の余談で、筆者は当時の日本代表監督ハビエル・アギーレの立場を「大ピンチ」と書きました。これにも答えが出ています。日本サッカー協会は2015年2月3日、契約解除を発表しました。

JFAはアギーレ監督と契約を解除するという結論に至り、その後、アギーレ監督に通知し、本人もそれに同意しました。

日本サッカー協会「SAMURAI BLUE(日本代表) ハビエル・アギーレ監督との契約を解除」(2015年2月3日)

ここでも、通知して終わりではなく本人の同意が記録されています。なお協会は、同じ発表の中でこう明記しています。

アギーレ監督が八百長へ関与したという事実を確認しておらず、八百長に関与したという事実をもって契約解除の理由とするものではありません。

日本サッカー協会「SAMURAI BLUE(日本代表) ハビエル・アギーレ監督との契約を解除」(2015年2月3日)

解任そのものへの筆者の反応は、13日後に書いたあ…あ…ア…アギ…アギ…アギーレ解任のほうに残しています。

成果は、相手の協力度に正比例する

交渉の成果は相手の協力度に正比例する

参考及び一部引用(本稿末尾の2冊)

相手に如何に動いてもらうか、その環境を作ることができるか。相手の協力度合いは、自分の成果に直結します。

そのうえで、戦略的交渉スキルの定義です。

相手の理解と協力を得ながら、更には相手の高い満足度も達成した上で、自分にとって極力いい条件で成立させる力。

参考及び一部引用(本稿末尾の2冊)

自分の主張を通せたとしても、相手の満足度が低ければ良い交渉とは言えません。単発の交渉ごとには戦略もないかもしれませんが、中長期の視点で見ると、相手に満足してもらわないと後々自分に報いが返ってきます。

当時の筆者は、この例としてある日本人ストライカーの契約交渉を、提示額とゴール数に応じた上積みという推定の金額つきで書いていました。ここではその金額を書きません。契約条件はクラブもリーグも公表しておらず、確かめようがないためです。12年前の推定値を事実の顔で書き写すのは、この連載が言っている基盤づくりの逆をやることになります。

心構えのほうは、当時のまま引けます。

自分がしっかりと成果を勝ち得たにも関わらず、相手に「譲ってもらった」と思ってもらえるような交渉

参考及び一部引用(本稿末尾の2冊)

大前提として、相手は敵ではありません。相手はパートナーとして考える必要があります。Win/Winの関係をWin/Perceived Winの関係と捉えること、と言い換えてもいいでしょう。ベネフィットの少ないクラブの「価値」だとしても、相手にとって良い契約だったと思ってもらえるかどうか。スポンサーとの交渉に臨む心構えは、そこにあります。

人には温かく、目的には厳しく、粘り強く

人には温かく、目的(目標)には厳しく、粘り強く

参考及び一部引用(本稿末尾の2冊)

人が温かい人こそ容易に言いくるめられます。逆に、冷たい人ほど粘り強い。どちらも交渉ごとではマイナス要素になり得ます。温かい人柄からの粘り強さを見せられたら、相手も大概は譲歩してくれます。中山雅史のあの笑顔で粘り強く来られたら、と当時の筆者は書きました。

この組み合わせは、参考文献の側にも枠組みとして載っています。1冊目の目次には「創造的交渉:「Warm&Tough」なアプローチ」という節があり、2冊目の目次には「あなたの交渉スタイルは「Warm & Easy」?」という節があります。温かいだけで押し切られてしまう状態に名前が付いている、ということです。

2試合しか出られなかった選手が、12年後も契約を更新している

①契約の信頼
②能力の信頼
③好意的信頼

参考及び一部引用(本稿末尾の2冊)

冒頭にも書いたとおり、交渉は人と人との関係が中心になります。信頼と好意を与えることは快い契約にも繋がり、マイナスに働くことはほぼありません。そもそも、その選手にその価値(能力=給与)があるのか。契約、能力、好意的のどれかが欠けると、行き着く先は交渉の決裂です。

当時の筆者は、ここで横浜FCのある選手をめぐる騒動を持ち出しました。年間を通してほとんど出場していない選手の待遇をめぐって、外野が騒いだ、という話です。

確かめられた範囲を書きます。横浜FC公式サイトが載せている三浦知良のJリーグ出場歴では、2014年のJ2出場は2試合0得点、翌2015年は16試合3得点です。当時の筆者が書いた「4分間」という出場時間と、給与額については、クラブが公表していないため確認できませんでした。批判していたのが誰だったのかも、分かりませんでした。

当時の筆者の見立ては、出場時間だけがその選手の価値ではない、というものでした。スポンサーを呼び込む力も含めてクラブの売上を支えている、と。その見立ての当否はさておき、契約という事実だけを追うと、こうなります。

福島ユナイテッドFCへ期限付き移籍をしていました三浦知良選手が、2026/27シーズンも同クラブへ期限付き移籍をすることが決定しましたのでお知らせします。

横浜FC「三浦知良選手 福島ユナイテッドFCへ期限付き移籍期間延長のお知らせ」(2026年6月25日)

2026年6月25日付の発表です。同じ発表に生年月日は1967年2月26日(59歳)と記載され、移籍期間は2027年6月30日まで、と書かれています。12年前に出場時間の少なさを言われた選手が、12年後も契約を更新し続けているわけです。契約の信頼、能力の信頼、好意的信頼のどれが効いているのかは、外からは分かりません。分かるのは、更新が続いているという事実だけです。

「代理人」という呼び方は、もう使われていない

当時の書き出しは「選手と代理人、代理人とクラブ」でした。この「代理人」という言葉が、いまは制度の名前として存在しません。

国際サッカー連盟(FIFA)の決定に基づき、2023年9月末にて仲介人制度が廃止され、2023年10月より新たな制度であるFIFAフットボールエージェント制度が導入されました。

日本サッカー協会「フットボールエージェント制度について」

国内国外を問わず、エージェント活動を行えるのはFIFAのライセンス保有者のみとなります。

日本サッカー協会「フットボールエージェント制度について」

そして、この連載の入口に書いた「他力本願で100%任せる前に」という話に、制度のほうが後から追いついています。

フットボールエージェント制度では、選手やクラブにより強い責任と義務が課されることになります。

日本サッカー協会「フットボールエージェント制度について」

同じページによれば、登録手続きを怠った選手やクラブには懲罰が科され、仲介人がルールに違反した場合も選手やクラブが連帯責任を負います。誰に任せるかを選ぶ責任が、任せる側に戻ってきたということです。

なお、その前段にあった仲介人制度がいつ始まったのかは、確認できませんでした。協会が同ページからリンクしている「仲介人に関する規則」のPDFは、リンク切れで読めません。同じページで公表されている取引一覧は、2015年度分が最も古いものです。

まとめ

どんないい提案を持っていたとしても、交渉力がなければ、10の目標目的のうち4〜6しか取れないかもしれません。不本意な合意が長続きしないことは明らかです。成果を上げるために交渉する。それは相手の協力度に正比例するので、相手が動いてくれる環境を作ることが大事です。

自分よがりの交渉では、協力者が離れていく、つまり動かなくなってしまいます。なんのために交渉するのかを体系的に理解しなければ、負の遺産を増やすことになり得ます。サッカー界にも、高いプライド、自己主張の強すぎる性格、一匹狼の立場で自分の意見だけを主張する人は多いです。結果的に、そのような人たちの周りからは人が離れていきます。小さなことから大きなことまで、都度交渉ごとは行われているのです。

当時の筆者は、この先を第二回「5つの説得テク」、第三回「6つの交渉フェーズ」、第四回「7つの戦術」と予告していました。この「5・6・7」は思いつきの数字ではありません。参考文献の1冊の紹介文に、こうあります。

英PMMSコンサルティング・グループにより開発された「5・6・7理論(5つの説得パターン、6つの交渉順路、7つの交渉戦術)」をもとにしています。

明日香出版社『絶妙な「交渉」の技術』紹介文

予告した第二回は、実際に1週間後の2014年12月12日に公開されています。サッカー界で交渉力を高める方法「5つの説得テク編」がそれです。感情、論理、威嚇、駆引き、妥協の5つを扱っています。第三回と第四回は、公開されないまま12年が過ぎました。「いつになるかはわかりません」と書いた当時の筆者の予感だけが当たった形です。

参考及び一部引用

平原 由美・観音寺 一嵩『戦略的交渉力』(東洋経済新報社、2002年10月18日発売、ISBN 9784492554609

観音寺一嵩『絶妙な「交渉」の技術』(明日香出版社、2009年7月17日発売、ISBN 9784756913142

2冊とも観音寺一嵩が著者に名を連ねています。本文中の囲みは、この2冊のいずれかからの引用です。

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