手元に、クラブが人事のところに載せた一人ぶんの経歴がある。名前と肩書きの下に、所属と年と役職が行で並んでいて、上から順に目で追っていくと七行ある。七行ぶんの年数を足すと、二十年を超える。子どもの前に立つ人が、そこに立つまでにこれだけの行を持っている。
イタリアサッカー連盟が女子セリエBの第4節の案内を出していて、その中にチェゼーナのカレン・アッピアとマルティナ・トゼッロが今季初めてピッチに立つ見込みだと書いてある。U-20ワールドカップで4位に入って帰ってきた選手たちで、同じ大会から戻ったレス・ドンナ・ローマのジャーダ・カテナと、首位攻防の試合でぶつかる。ボローニャの監督の名前はヤコポ・レアンドリと、所属クラブの横に一度だけ出てくる。
選手の名前は三人ぶん肩書きつきで書かれていて、ベンチに立つ人の名前は一度きり。日本のクラブや協会が出すものを順に開いても、だいたい同じ比率です。ただ日本の場合、年に何回か、指導者の側だけを主役にした文章が出る。アカデミーダイレクターが替わりました、という知らせがそれで、あそこには珍しく一人ぶんの職歴が全部載っている。
二十年ぶんが一枚に載る
徳島ヴォルティスが公表した大谷武文さんの経歴を、上から数えてみます。セレッソ大阪サッカースクールのコーチが2005年から2007年、そのあとC大阪のU-12コーチ、U-18コーチ、エリートクラスのコーチ、2013年から2015年がU-12監督。次が高知ユナイテッドSCで、2016年から2019年にヘッドコーチと監督。2020年にC大阪U-23のコーチ。2021年から2026年5月まで徳島のアカデミーダイレクター。2026年5月から6月までがトップチームの監督で、6月19日からまたアカデミーダイレクター。保有ライセンスはJFA Proライセンスと、GKライセンスのレベル1。
小学生のスクールのコーチから始まって、二十年と少しかけて、またアカデミーに戻ってきている。この並びを、どう読むか。
日本の育成の話をするとき、指導者のキャリアはだいたい「下から上へ」の線で語られます。ジュニアで経験を積んでジュニアユース、ユースに上がって、いずれトップへ。ライセンスも、持っている級が上がるほど上のカテゴリーを率いられる建て付けになっているので、上に行くことが前進だという読み方は自然に出てくる。
でもこの七行は、その線になっていない。トップチームの監督を一か月半やって、6月19日付でアカデミーダイレクターに戻っている。Proライセンスを持った人が、戻る先としてアカデミーを選べる。というより、クラブの側に、Proライセンス保有者が就く職としてアカデミーダイレクターという席が用意されている。
「戻った」ではなく「同じ格の席が二つある」
ここを「トップがだめだったから下に戻った」と読むと、たぶん読み違える。アカデミーダイレクターは2021年から5年やっている仕事で、途中でトップの監督をはさんで、また同じ席に着いた。5年と、1か月半。どちらが本務かは、年数を数えればはっきりしている。
そして5年続いたということは、その間ずっと、徳島のアカデミーにはU-12からU-18までの各カテゴリーの監督・コーチがいて、その上に全体を見る職が常設されていたということです。カテゴリーごとの指導者を束ねて、選手の上げ下げと卒業後の行き先まで見る人。一チームを率いるのとは別の仕事で、だからProライセンスを持った人が就いても格落ちにならない。ファジアーノ岡山もU-15の育成スタッフの体制変更を公表していて、アカデミーの人事がクラブの公式の発表として扱われる形は、一つのクラブの事情ではなさそうです。
行の数は、その国が育成に何年払っているかの数
子どもの側から見ると、この七行は何を意味するか。
小学生のときに教わるコーチが、二十年の職歴の途中にいる人なのか、それともその人にとって最初の一行なのか。これは指導の中身の良し悪しとは別の話で、継続の話です。七行ある人は、七つの現場で「この年代ではこれが通じて、次の年代でそれが通じなくなる」というのを実地で見てきている。U-12の監督をやってからU-23のコーチをやって、またU-12からU-18までを束ねる席に座る。年代をまたいだ目が、一人の中にできる。
逆に言えば、日本の育成年代で足りないものを「指導力」とだけ呼ぶと、話が止まる。足りていないのは、二十年ぶんの行を積める席の数のほうではないかと。スクールのコーチから始めた人が、二十年後も同じ業界で、しかも育成の側にいられる。その経路が何本あるかで、現場に残る人の厚みが決まる。海外遠征に同行した大人の職名を数えたときにも、クラブ側に分析の職が分かれて置かれていることが出てきました。席が分かれているから、人がそこに居続けられる。
チェゼーナの二人がU-20の大会から戻ってセリエBのピッチに立つまでの話は、選手の側の時間の話です。その同じ日、ベンチに立っている人が何年ぶんの行を持ってそこにいるのかは、イタリアの案内には書かれていない。日本の場合は、アカデミーダイレクター交代の知らせを開けば、七行が全部出てくる。
だから、新しいアカデミーの人事が出たときに肩書きだけで通り過ぎず、その下の職歴を一行ずつ数えて、何年ぶんがそこに積まれているかを見る。育成が職として立っているかどうかは、たぶんその行数に出る。
出典: www.figc.it(2026-10-02)