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元Jリーガー大富豪の教え「戦う場所」

平均的なJリーガーだと思っていました。だから、すごい話を期待されても困りますよ。ただ、私は普通のサッカー選手がしないような経験を無数にしてきました。

そう言ったのは、Jリーグで活躍した元サッカー選手だ。本内容は元Jリーガーが語ったことを編集してまとめたものです。

成功したければ、「誰もいない場所」を選びなさい。


自分の意思で「戦う場所」を選ぶ

答えはシンプルです。私は「戦う場所」を自分で選んだのです。Jリーグアカデミーではなく、地方のクラブで戦う方が、自分にとって勝算が高いと考えたわけです。

都道府県下の精鋭たち、すなわちエリートが集まるサッカークラブのなかに、技術もない、身体も弱い、能力的にも平凡な人間である私が入り込んでいって、何かを成し遂げることができるだろうか。

そこに勝ち目があるとは思わなかったのです。

だから自分の夢をかなえるためには、「戦う場所」を選ばなければならないと、はっきりと自覚していました。

平凡な自分が夢を実現するためには、別の「場所」を見つけなければならないと考えたのです。

結果的には、ジュニアユースからユースに昇格できなかった本田圭佑が、石川県の星稜学園を選んだようなものだろうか。


同じ努力をしても、「戦う場所」で結果は変わる

「持たざる者」が活路を見出すためには、絶対的に必要なことだから、私は常に「戦う場所」を選ぶことを意識していました。

都道府県別のトレセンに選抜されるようなことでも、圧倒的にエリート集団が集まる東京や大阪、静岡では倍率が一番高くなります。はっきり言って勝ち目はありませんでした。
だから、母数の少ない場所を選ぶことで、ライバルの数が減るのは当然で、都道府県別の代表選手として選抜されるために「戦う場所」を地方にするべきだと考えたわけです。

そして、地方の代表にも選抜され、背番号10番を背負って全国を目指すことができました。東京や大阪で居座っていたら、ベンチにすら入れなかったかもしれません。
 
私という人間に変わりはないけれど、「戦う場所」を変えれば結果は変わる。同じ努力をしても、「戦う場所」によってサッカー人生には天と地の差が生まれるのです。

自分の意思で「戦う土俵」を選び取り、そして、そこで全力で戦うことが、自分のサッカー人生を切り拓く第一歩なのです。

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