ボランチにレフティを起用したほうがいい理由
理由は主に二つあります。一つ目は、ボランチが「チームの核」になるポジションだからです。競合する選手は圧倒的に右利きが多く、ボランチ以外のポジションでもレフティは貴重な存在として優遇されがちですが、トップ下やサイド、FWの選手と比べても、ボランチのレフティ数はさらに少ない印象があります。単にレフティ同士の競合が少ないからではありません。ボランチは最大でトリプルボランチ(3人)を置けるポジションです。そこに1人でもレフティが入れば、右利きだけのときとは違うアクセントとリズムをチームにもたらせます。優秀な右利きのボランチが既にいても、左利きを同時に使いたくなる贅沢を許すポジションでもあるのです。 二つ目は、右利きが多いからこそ「デルピエロゾーン」を狙いやすくなるからです。ボール支配率の高いチームは、ボランチを経由してボールを右へ左へ縦へ後ろへ運びます。ボランチが右利きだと、右サイドから左サイドへのサイドチェンジは、逆方向のサイドチェンジと比べてワンテンポもツーテンポも遅くなります。右利きの選手は、右サイドから真ん中へ来たボールを、利き足でない左足でトラップするのをどうしても躊躇してしまうからです。左足でトラップできれば、一回のターンで逆サイドを向けます。右足でのターンでは、それが非常に困難になります。 全盛期のバルセロナで中盤を支配したシャビも、右利きです。世界でもトップクラスのボランチである彼のプレー集で、右サイドから来たボールの処理の仕方、体の向き、ボールの持ち直しに注目してください。そして逆に、左サイドから来たボールの同じような処理の仕方にも注目してください。 http://youtu.be/IW3LomJWFSQ 言いたいことが伝わるでしょうか。ハッキリ言って上手すぎてすべてがうまくいっているように見えるかもしれませんが、シャビでも右サイドから左サイドへの展開はワンテンポ遅くなっています。逆に、左利きのボランチは左サイドから右サイドへの展開こそ難しいものの、右サイドから左サイドへの展開は、トラップだけで素早く逆サイドにターンでき、次のプレーでサイドチェンジができます。 だからこそ、左利きのボランチを置ければ、左サイドからの攻撃を増やせます。日本代表も、相馬直樹の時代から長友佑都の時代まで、なぜか左サイドからの攻撃や得点が多いチームでした。右利きが圧倒的に多い状況で、チームの一番の点取り屋(ここでは右利きを想定)を左サイドや、もしくは少し中へ位置させれば、ゴールに向かって右斜め45度・ペナルティエリア角付近の「デルピエロゾーン」からのシュートチャンスが生まれやすくなります。 世界でもまだレフティボランチが少ないいまなら、自分(指導している選手)がレフティであれば、ボランチのあり方を研究し、本格的に勝負を仕掛ける価値があります。ただし一つアドバイスするなら、どうせ学ぶなら世界最高峰のボランチから学ぶべきです。「何を学んだか」よりも「誰に学んだか」を重視すべきです。実際、日本代表のボランチは右利きが大半だった
日本人のサッカー選手で右利きが多いことに何の異論もありません。これは日本だけでなく世界共通です。日本大学大学院総合社会情報研究科紀要によると、物を操作するときに用いる足(ボールを蹴るなど)の割合(比率)は、男性の83.9%が右足利きです。残りの16.1%が左足利き(ボールを蹴る足が左)のレフティということになります。 ※両利きは分からない この数字を頭に入れて、日本代表の歴史を彩ってきたボランチの選手と、その利き足を見てみましょう。肩書は初出(2015年)当時のものです。Coren(1993)は、利き手同様、男性 83.9%、女性 88.9%に右足利きの傾向がみられたことを報告して おり、足においても右使用の傾向があることがいえ る。
日本大学大学院総合社会情報研究科紀要(Coren, S., 1993 の報告を引用・掲載サイトは確認時点でアクセス不可)
森保一(当時サンフレッチェ広島監督)【右足】
のちに日本代表監督としてワールドカップを2大会指揮することになる、オフトジャパンのダイナモ。この時代、ボランチという言葉よりも守備的MF(ディフェンシブハーフ)という言い方が一般的でした。本田泰人(元鹿島アントラーズ・当時サッカー解説者など)【右足】
子どもに人気の必殺仕事人。ファウルすれすれのプレーでファンを魅了しました。山口素弘(元横浜フリューゲルス)【右足】
ここまでの中盤の底の役割は守備がメインでしたが、ゲームを作る役割を加えた選手です。選手と指導者の違いを身に染みて感じているかもしれません。名波浩(当時ジュビロ磐田監督)【左足】
長期に渡って日本代表の10番を背負ったレフティ。元々7番がマイナンバーで、順天堂大学在学時は出場5分で結果を出す男として、トップ下をメインとしていました。展開力とゲームコントロールが魅力のボランチです。稲本潤一(当時コンサドーレ札幌)【右足】
スーパーなボランチ。イングランド、トルコ、ドイツ、フランスを経験しているレジェンドボランチです。最初に呼ばれたアンダーの試合では右サイドバックを務め、センターバックも務めました。誰がどうみてもスーパーです。福西崇史(当時サッカー解説者、タレント)【右足】
中田英寿と宮本恒靖に自分のサッカー観を言える男。男らしい生き様と激しいプレースタイルの反面、やさしい笑顔が大沢たかおに似ている一面があります。鈴木啓太(元浦和レッズ)【右足】
サッカー選手になっていなければEXILEに入っていたかもしれないナイスガイ。ここぞという場面でピンチを防ぐ守備重視型でした。引退のセレモニーは、アイドルの「卒業」会見のような気がしてなりませんでした。長谷部誠(当時アイントラハト・フランクフルト、2024年に現役引退)【右足】
代表主将を務めたミスターボランチですが、浦和レッズ時代にトップ下で相手を置き去りにした高速ドリブルは衝撃的でした。遠藤保仁(当時ガンバ大阪、2024年に現役引退)【右足】
説明不要のマイペース男。全盛期はバルセロナに一番近い日本人だったかもしれません。シャビとは誕生日が3日違いの同い年。ダブルボランチに夢の共演をみてみたかったものです。 こうして見ると、名波浩以外は全員が右利きでした。この他、阿部勇樹や中村憲剛などがいますが、レフティのボランチは数多くないことがわかります。10年後の答え合わせ:現代のレフティボランチ
この説を立ててから10年以上が経ちました。世界に目を向けると、レフティボランチの価値はむしろ高まっています。 代表格が、スイス代表の主将グラニト・ジャカです。アーセナルではキャプテンを務め、レバークーゼンでは2023-24シーズンの無敗優勝の中心となり、左足から繰り出す正確な展開でゲームを支配する「左利きの司令塔型ボランチ」の完成形を見せました(スポーツナビ選手名鑑)。また、2024-25シーズンに欧州チャンピオンズリーグを制したパリ・サンジェルマンでは、左利きのファビアン・ルイスが中盤の主力として君臨。ビルドアップの出口を左足で作る選手の価値は、ポゼッション志向が強まる現代サッカーでますます大きくなっています。 日本では、FC町田ゼルビアの中山雄太が貴重な存在です。左利きでセンターバックもボランチもこなし、日本代表でも22試合に出場(Jリーグ公式選手プロフィール)。2026年8月には「次の代表に入っていきたい」と左利きを武器にした再挑戦を宣言しています(サッカーキングの報道)。それでも、日本代表のボランチの主流は依然として右利き。この説の答え合わせは、まだ道半ばです。 ボランチというポジション自体の変遷(アンカー、ゲーゲンプレス、ポジショナルプレー)は、サッカー戦術の歴史と変遷の記事に書きました。レフティボランチはいま、どこへ向かっているのか
この説を立てた2015年と比べて決定的に変わったのは、左利きの中盤の選手が「珍しい存在」から「移籍市場で指名される存在」になったことです。左足で逆サイドへボールを運べることが、チームの設計図そのものに組み込まれ始めています。ここでは直近の動きを整理しながら、説の現在地を確かめます。
ジャカの移籍が示したもの
レバークーゼンで無敗優勝の中心となった左利きのグラニト・ジャカは、2025年7月、プレミアリーグ昇格組のサンダーランドへ3年契約で加入しました。背番号は34です。普通に考えれば、欧州王者級のクラブで君臨した主将格が昇格組へ移るのは不思議に映ります。しかし昇格したばかりのチームが真っ先に必要とするのは、ボールを落ち着かせ、押し込まれた時間帯に逆サイドへ逃がせる中盤です。右サイドで受けたボールを左足のトラップ一回で左サイドへ向き直れる選手は、まさにその役割の中心に座ります。昇格組が中盤の核として左利きを指名したという事実は、レフティボランチの価値が一部のポゼッション志向クラブに限られたものではないことを物語っています。
中山雄太の「左」はボランチの文脈で評価された
日本からも動きがありました。FC町田ゼルビアの中山雄太が、2025年8月、セルビアの名門レッドスター・ベオグラードへ移籍。移籍金は約110万ユーロ(約2億円)、3年契約で、2024年以来およそ2年ぶりの欧州復帰となりました。注目したいのは、彼がセンターバック、左サイドバック、ボランチを本職とする左利きだという点です。つまり最終ラインから中盤までの「左の縦のライン」をまるごと任せられる選手として評価されています。本文でも触れたとおり、彼は30歳を迎えるシーズンに向けて「進化系左DF像」を描きつつ、ボランチでの関与にも言及し、代表再招集への意欲を改めて口にしています。
| 選手名 | 利き足 | 主なポジション | 直近の動き | 時期 |
|---|---|---|---|---|
| 中山雄太 | 左 | CB/SB/ボランチ | 町田ゼルビアからレッドスター・ベオグラード(セルビア)へ移籍、3年契約 | 2025年8月 |
| グラニト・ジャカ | 左 | ボランチ/アンカー | レバークーゼンからサンダーランド(プレミアリーグ)へ移籍、3年契約 | 2025年7月 |
出典:サカノワ「【移籍】セルビア王者レッドスターが町田のDF中山雄太を獲得「大型補強完了!」」/サッカーキング「ジャカのプレミアリーグ復帰が決定! 昇格組サンダーランドに3年契約で加入…背番号は「34」」/サッカーキング「中山雄太が改めて宣言「次の代表に入っていきたい」 30歳を迎える新シーズンで描く“進化系左DF像”」
育成年代の指導者が今日からできること
この二つの移籍から、指導の現場に持ち帰れることがあります。第一に、左利きの選手を「左サイド専用」と決めつけないことです。中山雄太のように、左利きが真ん中を経由して最終ラインと中盤を行き来できると、チームのビルドアップの出口が一気に増えます。左利きだからサイドハーフ、左利きだから左サイドバック、という固定観念が、レフティボランチの絶対数を減らしてきた側面は否定できません。
第二に、右サイドから中央へ入るボールを、左足でトラップして逆サイドへ向き直る動作を、練習メニューとして切り出すことです。これはレフティの専売特許ではなく、右利きの選手にとっても武器になります。シャビのプレーを見ながら本文で指摘したワンテンポの遅れは、訓練でいくらか縮められます。ただし、生まれつき左足で受けられる選手が同じ練習をすれば、差はさらに開きます。だからこそ、チームに一人は左利きの中盤を置いておく価値があるのです。
第三に、左利きの選手に「君はこのポジションで世界と戦える」と早い段階で伝えることです。ボランチは最大で3人を置けるポジションであり、右利きの優秀な選手がいても左利きを同時に使える贅沢が許されます。昇格組が中盤の核に左利きを選び、セルビアの名門が左利きの万能型を2億円規模で獲得する。その市場の現実は、育成年代の選手にとって十分すぎる動機になるはずです。
日本代表のボランチの主流が右利きであるという構図は、まだ変わっていません。しかし左利きが中盤で評価される土壌は、10年前よりはるかに整っています。あとは、その席に座る日本人が現れるかどうかです。