トップスピードでトラップして、そのままゴールへパスを通す。世界のフィニッシュを並べて見ていると、シュートが「打つ」ではなく「置く」動作に見えてくることがあります。
2014年12月、筆者は何気なくUEFAチャンピオンズリーグのハイライトを観ていて、ある違和感を覚えました。テレビのニュースで取り上げられるのは、たいていゴールシーンです。あとは惜しかったチャンスが少し流れる程度です。その短い切り抜きの中に、世界と日本の差がはっきり映っていました。
ハイライトで並べて見たとき、何が違って見えたのか
当時のハイライトでは、クリスティアーノ・ロナウド、メッシ、ネイマール、スアレスといった選手がそろってゴールを決めていました。同じ枠の中で、香川真司のシュートシーンも取り上げられていました。
試合そのものを通しで観ていたわけではないので、全体の出来は分かりません。それでも、無意識にそれぞれのプレーを比較してしまったのです。
香川真司は、ボールを受けて相手をかわし、ペナルティーエリア付近の左サイドから中に切れ込み、ほぼゴール正面から利き足の右足でシュートを放ちました。結果は、得点にならないどころか、ゴールマウスさえとらえていません。(当時貼っていたこのシュートの映像は、現在は公開が終了しています)
日本サッカーが「世界との差」に向き合ってきたことは、今に始まった話ではありません。日本代表が初めてワールドカップに出場した1998年フランス大会について、日本サッカー協会(JFA)は公式サイトでこう振り返っています。
見たことのない景色での初めての挑戦は、スコア以上の差を感じる三戦全敗で、”世界との壁”を痛感する結果に終わった。
日本サッカー協会「ワールドカップヒストリー 1998 フランス」
「スコア以上の差」。ハイライトの数十秒に映っていたのも、おそらく同じ種類の差でした。
ネイマールのゴールは「打つ」ではなく「置く」だった
同じハイライトに入っていたネイマールのゴールは、対照的でした。ペナルティーエリアの外から、いつでもシュートを打てるボールの運び方をして、相手との間合いを気にしながら、キーパーの位置を見て、冷静にゴールの端へ巻き気味に流し込んでいます。
注目したいのは、蹴る瞬間より前の部分です。打つ前に、打たなくてもいい状態をつくっている。キーパーがどこに立っているかを見る余裕は、そこから生まれます。逆に、追い込まれてから振り抜くしかない状況では、見る時間はどこにもありません。
そしてキーパーと向き合ったとき、こちらが見ている以上に、相手もこちらを見ています。その駆け引きについては、キーパーとの一対一を扱った記事で詳しく書きました。
「ゴールにパス」とは、何をしていることなのか
ゴール前での冷静さ。ゴールへのパス。調子のいいときの香川真司は、まさしくそれができていました。
上の映像は、マンチェスター・ユナイテッド時代の2013年に、ノーリッジ・シティ相手に記録したハットトリックです。クラブ公式も、この試合をユナイテッドでの最高のパフォーマンスだったのではないかという見出しで振り返っています。
香川真司は、パワー系のシュートで押し切るタイプの選手ではありません。逆に言えば、あのハットトリックのようなゴールこそ、日本人では香川真司にしか出せないものだったのではないでしょうか。
得点が欲しいと焦るほど、最後の一振りは「どうか入ってくれ」という運任せに近づいていきます。そこで振り抜く力ではなく、置きにいく精度を選べるかどうか。決定力を「冷静な判断力」として分解した記事でも触れましたが、決めきる力は一発の強さではなく、判断の積み重ねです。
どうか彼に「ゴールにパス」と伝えてください。ゴールを量産するはずです。
技術の差より先に、環境と「意識」の差がある
ここからは、ピッチの外の話です。
Jリーグの選手も、ブンデスリーガの選手も、協会で働く人も、会社に勤めている人も、各自が全力で戦っています。そこに差はありません。皆、戦っているのです。
ただ、返ってくるものの大きさは違います。会社員が新規営業で1億円を売り上げたとしても、社内で評価され、賞与が少し増える可能性がある、という程度でしょう(増えない可能性もあります)。一方、日本代表の選手は、勝てば称賛と報奨を受け、負けても「よく戦った」と迎えられます。
これを平和ボケと呼ぶのは、少し乱暴かもしれません。ただ、結果にかかわらず肯定される環境は、自分の立ち位置を見誤りやすいという構造は確かにあると思います。だとすれば、一度自分の足元と置かれている立場を見直し、「意識」から変えていく。そして、そう変えられる環境をつくる。順番としては、そこからではないでしょうか。
影武者を題材にした映画『デビルズ・ダブル -ある影武者の物語-』ほど自分を追い込む必要はないかもしれません。それでも、自分でモチベーションを上げるだけでは、引き出せるものも引き出せないままになります。
JFA自身も、サッカーファミリーで共有する価値観の一つとして「チャレンジ」をこう説明しています。
夢や目標を実現するためには、失敗や困難に負けない強い心とチャレンジ精神が必要です。決して奢らず、謙虚な気持ちと高い志を持ち、未来に向かって一歩一歩進んでいくこと。
「決して奢らず」。この一語は、選手だけでなく、環境をつくる側にも向いているはずです。
国際Aマッチデーの制約は、本当にピンチだったのか
日本代表を取り巻く環境を整えているのは、日本サッカー協会です。言い換えれば、協会の出方次第で日本サッカーは変わります。むしろ、ここでしか変えられない部分もあります。
2014年12月、協会はJFAハウスで翌2015年の年間スケジュールを発表しました。その席で、国際Aマッチデーの制度が変わることにも触れられています。筆者が当時参照した報道では、こう伝えられていました。
FIFAが国際Aマッチデー期間中に連続する2試合について、同一大陸開催を義務付けた
2014年12月当時の報道より(配信元URLは失効しており、原典を確認できない)
そして、協会関係者の受け止めとして、次のように伝えられていました。
日本が欧州や南米の強豪を呼ぶ場合、その国は前後の試合をアジアで行う必要性が生じる。他国と協力して“アジア・ツアー”を計画しないといけないため「マッチメークがやりづらくなる」
2014年12月当時の報道より(配信元URLは失効しており、原典を確認できない)
そのうえで、問いたいのは一点だけです。これは本当にピンチだったのでしょうか。
「他国と協力してアジア・ツアーを計画しないといけない」。これを負担と読むか、機会と読むか。Jリーグがアジアのマーケットへ広がろうとしていた時期です。近隣諸国と折衝する理由が向こうから降ってきた、とも読めます。
JFA自身、アジアとの関係をこう位置づけています。
JFAは、アジアサッカーの発展があるからこそ日本サッカーの進歩があると考え、アジアサッカー連盟(AFC)および47の国と地域と協力しながらアジアサッカーの発展に力を注いでいます。
アジアと組むことは、もともとJFAが掲げている方向そのものです。だとすれば、連続する2試合を同じ大陸で組む必要が生じたことは、掲げてきた方針を実務で前に進める理由にもなり得ました。
もし「自分たちの仕事が増える」という理由だけで後ろ向きになる場面があるとしたら、そこは問い直す余地があるのではないでしょうか。ピンチはチャンスに変えられます。世界との差を埋めるには、皆が「意識」を変える必要があるのかもしれません。
「帰化選手は現れるのか」という問いの、10年後の答え合わせ
意識を変えろと言っても、変えた効果が出るまでには中長期の時間がかかります。そして当時、ロシアワールドカップの予選が始まるまでの時間は、思っていたほど残っていませんでした。
日本代表には、日本国籍を取得して代表に加わり、即戦力としてワールドカップを戦った選手がいます。次の3人は、JFA公式の「ワールドカップヒストリー」に残る各大会の登録メンバーでも確認できます。1998年フランス大会に呂比須ワグナー。2002年日韓大会と2006年ドイツ大会に三都主アレサンドロ。2010年南アフリカ大会に田中マルクス闘莉王。
完成度の高い選手が日本代表のために国籍を取得し、日本サッカーの底上げをしてくれたことは間違いありません。
当時、筆者はこう書いて記事を締めくくっていました。2018年ロシア大会、果たして帰化選手は現れるのでしょうか、と。
10年以上たった今なら、答え合わせができます。1998年から2022年までのJFA公式の登録メンバーを並べて確認したかぎり、この系譜は2010年南アフリカ大会で途切れています。2014年ブラジル大会、2018年ロシア大会、2022年カタール大会の登録メンバーを見ても、この3人に続く名前は見当たりませんでした。当時の問いへの答えは「現れなかった」でした。なお2026年大会については、JFA公式のワールドカップヒストリーがいまのところ2022年カタール大会までの掲載であるため、確認できた範囲にとどめます。
では、日本代表は差を埋められないままなのか。そうとも言えません。先ほど引いた1998年フランス大会のページには、この大会をきっかけに中田英寿選手が海外移籍を実現させた、とも書かれています。外から完成した選手を迎えるのではなく、中から選手が出ていって世界基準を持ち帰る。差の埋め方そのものが、この四半世紀で入れ替わったと筆者は見ています。
だとすれば、いま必要なのは「誰かが現れてくれないか」ではありません。ゴール前で力むか、置きにいけるか。制約を負担と読むか、機会と読むか。どちらも、意識と経験の積み重ねで選べるようになるものです。
どうか彼らに「ゴールにパス」と伝えてください。そして協会には「ピンチはチャンス」と。
