通用した、ではなく、足りなかった。クラブのサイトに上がってくる海外遠征の報告を開くとき、先に目が落ちるのはいつも後ろの欄のほうです。
FC岐阜のU-18とU-15の8選手が、KRC Genkの海外育成プログラムに参加したときの記録が残っている。通用したこととして挙がったのは、足元の技術、守備での対人や球際、相手の動きを予測する力。足りなかったこととして挙がったのは、身体の強さ、パスやキックの精度、プレーする前の認知や判断の速さ、状況に応じた選択肢。
高尾勇輝選手は「一番足りないと感じたのは、パスの精度です」、田中蓮人選手は「一番足りないと感じたのは、プレーの自由さや発想力です」と話しています。向こうのトレーニングは、一つの技術を出して終わりではなく、周りの状況を見ながら次のプレーを予測して動き続けることを求める形で組まれていた、とも書かれていた。クラブが夏に出ていく先は欧州ばかりではなく、遠征先を国の名前まで降ろして数えるとアジアが半分を占めるのだけれど、行き先が変わっても持ち帰ってくる二つの欄の中身は似た位置に落ちる。通用した側に技術と対人が入り、足りない側に強度と判断が入る。
ガーナサッカー協会のページに、U-17の地域対抗の大会のグループステージが終わった日の記事が出ていた。ある地域の代表が1-0で首都の地域を破り、別の2試合は0-0のままPK戦までもつれて5-3で決着している。A組の首位は地域代表ではなくアカデミー。記事の末尾には、この大会がKGL財団の協賛で、協会が進めている才能の発掘と育成の計画の一部であり、U-17の選手が技術と戦術の理解、そして伸びしろを高い水準の場で示すために置かれている、と書かれていた。
示すために置かれている。同じU-17の年代でも、向こうの大会は示す場として説明され、こちらの遠征は足りないものを見つける場として報告される。どちらが上という話ではなく、持ち帰る欄の名前が違う。
四つのうち、二つは相手が変わらないと出てこない
足りないとして挙がった四つを分けてみる。身体の強さと、パスやキックの精度。この二つは、やる量と測り方を決めれば一人でも積める。残る二つ、プレーする前の認知や判断の速さと、状況に応じた選択肢は、一人では測れない。相手が変わらないと、速さも選択肢も必要にならないからです。
日本の育成年代の一年は、同じ顔ぶれと何度も当たる形で回っている。高校生年代ならプリンスリーグ、中学生年代なら高円宮杯JFA U-15サッカーリーグが地域ごとに置かれ、夏にクラブユース選手権が来る。相手の名前は春に配られた日程表の時点でほぼ決まっていて、二巡目には立ち位置も癖も互いに分かっている。その中で判断を速くしろと言われても、速くする理由が試合の側から出てこない。
足りないと書かれた四つを、国内の週に戻して置き直してみる。身体の強さは平日のトレーニングの中に居場所がある。パスの精度も、本数を決めれば練習の一部として数えられる。けれど、蹴る前に周りを見る速さと、状況に応じて選択肢を二つ持っておくことは、メニューの名前にならない。名前にならないものは日程表にも載らず、載らないものは年の終わりに振り返られない。
だから一週間の遠征で急に足りなくなったのではなく、国内の十か月のあいだ要求されていなかったものが、相手を替えた瞬間に表へ出ただけ、ではないかと。
渡航ではなく、週の中身
ここ数年、育成年代の試合環境には新しい名前がいくつか足されました。所属を動かさないまま上のカテゴリーの公式戦に出す2種登録と特別指定、それから2026/27シーズンに始まったU-21 Jリーグ。どれも、ピッチに立つ相手の年齢と速さを一段入れ替えるための足し算になっている。遠征が一週間で与えているものを、国内の日程の中で何度か用意できるかどうかという話でもある。
海外遠征の報告で値打ちがあるのは、通用した欄ではない。あそこはどのクラブが出しても似たような語が並ぶ。読むべきは足りなかった欄のほうで、そこに同じ四つが何年も並び続けるなら、課題は渡航した8人ではなく、残りの十か月を組んでいる側にある。
来年の夏に別のクラブが同じ形の報告を出したら、通用した欄は飛ばし、足りなかった欄の四つがどう入れ替わっているかだけを一行ずつ数える。
出典: www.ghanafa.org(2026-10-08)