9月13日、鈴鹿のピッチに、夏の全国大会で表彰を受けたばかりの中学生が立っていました。三重交通G スポーツの杜 鈴鹿サッカー・ラグビー場のメイングラウンドで行われたメニコンカップ、EASTが3-1でWESTを下した試合です。出場者のなかに、川崎フロンターレU-15生田のMF新堀隼の名前がありました。
この選手が8月に受け取ったのがMIP賞。クラブユース選手権(U-15)では例年、優勝チームからMVPが選ばれ、準優勝チームから最も印象的な活躍を見せた選手にMIP賞が贈られる、という決まり方をしています。新堀選手はチーム最多の8得点。決勝は横浜F・マリノスジュニアユースが4-3で勝っているので、川崎フロンターレU-15生田は競り負けた側になります。
夏のU-15の全国大会で、個人の名前が最後に残る行は二つ。優勝したチームから一人、準優勝したチームから一人。それだけ。
ガーナサッカー協会のサイトに、国内の地域対抗U-17大会の第4節の結果が出ていました。Greater Accra と Prempeh Elite Academy が0-0のままPK戦に入って4-3、その試合の最優秀選手に挙がったのは敗れた側の Isaac Obeng。別の会場では Central Region が3-0で勝って Bernard Appiah、Eastern Region が2-0で勝って James Afful が、それぞれ同じようにその日の最優秀として名前を残しています。
手が止まったのは、PK戦で落とした Prempeh の Isaac Obeng の名が、勝敗と切り離して置かれているところ。試合の数だけ名前が出る。一日に四つ組まれていれば四人ぶんの行ができる。そこから日本の中学生年代に戻ると、数え方がまるきり違う。
第41回のクラブユース選手権(U-15)は8月14日に開幕し、グループステージ3日目の終わりに32チームがノックアウトステージへ進みました。18日にラウンド32、19日にラウンド16、21日に準々決勝、22日に準決勝、24日に決勝。五つのラウンドが十日あまりに畳まれています。この全部を通して、個人の名前が公式に出てくるのは最後の二行だけ。
その二行は、本人がどう蹴ったかよりも先に、所属しているチームがどこまで勝ったかに紐づいている。準々決勝で終わったチームに何点取った選手がいても、MVPにもMIPにも名前の置き場がない。大会の看板として得点王が立っているわけでもありません。新堀選手の8得点にしても、受賞の紹介として後から添えられた数字で、その数字が先にあって選ばれたのとは順番が逆。
これを不公平だと言いたいわけではなくて、名前が外に出る回数が、その年代の子を後から探すときの手がかりの数になる、という話をしたい。8月の十日あまりに全国から集まった選手のうち、大会が終わったあとに記録のほうから辿り直せるのは二人。残りは、その日その会場にいた人の記憶の中にしかない。夏の全国大会とは別に、各地域では高円宮杯JFA U-15サッカーリーグが回っていて、そちらには節ごとの結果が積まれていきますが、そこで名前が全国に届くかというと、また別の話になる。中学生年代の評価の幅は、いまだに現地へ足を運べる大人が何人いたかで決まっているのではないかと。
もう一つ。夏の二行は、秋のメニコンカップという次の名簿につながっている。8月に賞を受けた選手が、9月に鈴鹿で東西に分かれて蹴っている。表彰が年間の流れの中で次の選抜へ引き継がれる形になっているのは、よくできていると思う。ただその引き継ぎ口も、夏に決勝まで残った二チームのそばに寄っている。十日あまりの勝ち抜きで早い段階に当たりを引いたかどうかが、秋の九月まで効いてくる。
8月にどのチームが勝ったかは、もう動かない。知りたいのは二行に載らなかった子の得点が秋にどこの名簿へ書き写されたのかで、メニコンカップの出場者一覧を、優勝チームの欄からではなく後ろのほうから読みます。
出典: www.ghanafa.org(2026-10-07)