名簿に載った子のうち、何人が実際に出たか。4回目という数字の読み方

46分、46分、46分、73分、73分、73分、73分、81分。

一試合の中で選手が替わった時刻を並べると、こうなる。前半が終わった時点で三人、残り二十分を切ったところで四人、終盤にもう一人。合わせて八人が途中から入っている。

セルビアのサッカー協会が、U-17代表とスロバキアの二試合目の結果を載せていた。ウブという街での2対3の敗戦で、記録には交代の分数が全部書いてある。協会側の文章は結果より先に、監督のラドヴァン・クリヴォカピッチが二試合を通して出場時間を配分し、ほぼすべての選手に機会を与えた、と書いていた。十一月にポルトガルで始まる2027年欧州選手権の予選に向けた準備という位置づけ。

負けた試合の説明として「出場時間を配った」が先に来る。この書き方が引っかかった。強化試合を二本組んで、その二本を一つの単位として人数を割る。一試合の勝敗ではなく、二試合で何人に時間が渡ったかを成果として書いている。

「4回目」という数字だけが残る

日本で同じことを数えられる場所を探すと、トレセンに行き着く。JFAが九月に出していたナショナルトレセンU-15のメンバー発表は、見出しに「4回目」と番号が振ってあった。期間は9月15日から17日の3日間。

この「4回目」という書き方は、実はかなり多くを語っている。一度選ばれて終わりではなく、年度の中で四度目が来ている。つまり同じ年代の選手たちが、年間を通して何度も同じ場所に呼ばれる前提で組まれている。三日間が四回なら、延べ十二日。中学生の一年のうち十二日が、この枠に充てられている計算になる。

ただ、ここから先が分からない。名前は出る。日付も出る。回次も出る。けれど、その3日間のうちに何本ゲームをやって、一人あたり何分立ったのかは、名簿のどこにも書かれていない。セルビアの協会が交代の時刻を一人ずつ並べていたのとは、残るものの種類が違う。

招集名簿と出場記録は別の文書

日本の育成年代で公開されるのは、ほとんどが「呼ばれた人の一覧」です。トレセンも、地域トレセンも、年代別の選考会も、出てくるのは名前と所属と生年のセット。活動が終わったあとに「誰が何分出た」が同じ形式で出てくることは、まずない。

これは怠慢というより、そもそも別の目的で作られた文書だからだと思っています。招集名簿は、本人と所属チームと学校に「この日は空けてください」と伝えるためのもの。出欠と日程の調整が役目で、終わったあとの記録を残す器としては設計されていない。

だから、クラブのアカデミーが「東北トレセンの中期に4選手が選出されました」と書いて告知するところまでは追えても、その中期で四人が何分ずつ立ったかは、どこにも積み上がらない。選ばれたことは記録になるが、出たことは記録にならない。

四回あるなら、四回ぶんの差が出る

年度内に回数を重ねる設計そのものは、良いものだと思っています。一発勝負で切るのではなく、何度も見て判断する。中学生の身体は半年で別物になるから、九月の四回目で初めて噛み合う子がいてもおかしくない。

ただ、回数が増えるほど、中で起きていることの差も大きくなるはずです。四回とも呼ばれて四回とも最後まで出た子と、四回とも呼ばれて毎回二十分だった子がいる。名簿の上では両方とも「ナショナルトレセンU-15に選出」の一行で、見分けがつかない。

進路を決める場面で参照されるのは、たいていその一行のほうです。高校やクラブの受け入れ側が見るのは「どこまで行ったか」であって「そこで何分立ったか」ではない。すると、選ばれること自体に重みが寄っていき、呼ばれた中での差は誰にも見えないまま流れていく。

以前海外短期留学の枠が年に何名ぶん用意されているかを数えたときも、同じところに行き着いた。選ばれる前に人数は決まっていて、選ばれたあとに何があったかは公表の対象になっていない。入口の数は数えられるのに、入ったあとが数えられない。

分数を残すのは誰の仕事か

セルビアの協会が交代時刻を一人ずつ載せていたのは、別に親切だからではないと思います。十一月の予選に向けて、二試合で誰にどれだけ時間を配ったかが、自分たちの準備の記録になるから書いている。協会が自分のために残した記録が、結果として外からも読める形になっている。

日本のトレセンで同じことをやるなら、やるのは呼んだ側になる。三日間の中でゲーム形式を何本やって、誰が何本出たか。それを年度内の一回目から四回目まで並べれば、「四回目で初めて最後まで出た」という事実が、その子の一年として残る。名簿の一行よりも、そちらのほうが本人にとって意味があるはずです。

技術的にはもう難しい話ではなくて、アカデミーの現場では練習の映像も記録もすでに手元に溜まっている。NEWDIHで作っているのも、そうやって現場に溜まっているものを後から読み返せる形にしておく、という方向のものです。

九月の四回目のメンバー表を、来年もう一度開くつもりでいる。そこに同じ名前が何人残っていて、残らなかった子は何回目までいたのか。数えるのは選ばれた人数ではなく、二回目以降も名前があった人数のほう。

出典: fss.rs(2026-09-30)

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