西原源樹(にしはら もとき)は、清水エスパルスのアカデミーで育ったミッドフィールダーです。エスパルスユースに在籍したまま2024年6月にプロC契約を結び、2026年7月から水戸ホーリーホックへ育成型期限付き移籍しています。2024年4月20日、17歳4か月4日で決めたゴールは、清水エスパルスの公式戦最年少記録でした。読み方から契約の中身、代表歴、そしていまの居場所までを追っていきます。
| 項目 | クラブ公式の表記(いつの表記か) |
|---|---|
| 氏名 | 西原 源樹(にしはら もとき/Motoki NISHIHARA) |
| 生年月日 | 2006年12月16日 |
| 出身地 | 群馬県(2023年のリリースは「群馬県前橋市」) |
| ポジション | MF(クラブ公式の登録表記) |
| 身長/体重 | 178cm/67kg(2023年8月) → 180cm/70kg(2024年6月から2025年6月) → 180cm/74kg(2026年6月) |
| 利き足 | 右(2025年6月2日のリリース) |
| 背番号 | 清水で44(2024年) → 55(2025年) → 水戸で44(2026年) |
| 選手歴 | ファナティコス → 清水エスパルスジュニアユース → 清水エスパルスユース → 清水エスパルス |
| 現在 | 水戸ホーリーホックへ育成型期限付き移籍(2026年7月1日から2027年6月30日) |
読み方と、清水での育ち方
名前の読み方でつまずく人が多い選手です。「Motoki NISHIHARA」というローマ字表記は清水エスパルス公式のリリースにも出てきますが、読み方の根拠としては、かなを直接書いている資料のほうが直接的です。移籍先の水戸ホーリーホックの加入発表は、プロフィールの見出しでこう書いています。
【西原 源樹(にしはら もとき)選手 プロフィール】
水戸ホーリーホック公式(2026年6月26日)
読み方は「にしはら もとき」です。
所属歴もクラブ公式のリリースのとおりに並べると、ファナティコス、清水エスパルスジュニアユース、清水エスパルスユース、そして清水エスパルス。群馬県の出身で、育ったのは清水のアカデミーです。移籍の発表で本人はこう振り返っています。
清水エスパルスには中学生の時からお世話になり、清水で育てていただいた時間があったからこそ、プロになることができました。
清水エスパルス公式(2026年6月26日・育成型期限付き移籍)
2023年、178cmで67kgの高校2年生
プロ契約から語り始めると、その前の2年が抜けます。2023年8月と9月のリリースでは、この時点の西原はまだユース所属で、身長体重は178cmで67kg。選手歴も「ファナティコス~清水エスパルスJY」まで、つまりユース昇格前の表記です。出身地の書き方もこの頃だけは市まで入っていて、2023年8月1日のU-17日本代表の発表は「群馬県前橋市」としています。2024年6月のリリースでは180cmで70kg、2026年6月の移籍時には180cmで74kgです。身長も体重も背番号も、どのリリースの表記かを添えないと比べられないので、プロフィール表には発表の時期を残しています。
「高校生プロ契約」は制度として何を指すのか
「高校生プロ契約」という言葉が指しているのは、制度上のどの段階なのか。ここから見ていきます。
2024年6月6日、プロC契約
清水エスパルス公式のリリースによれば、クラブはエスパルスユース所属の西原源樹選手とプロC契約を締結しました。登録の扱いはこう書かれています。
このたび、エスパルスユース所属の西原 源樹選手とプロC 契約を締結しましたので、お知らせいたします。尚、選手登録については継続してトップチーム公式戦に出場可能なユース選手(2種)となります。
清水エスパルス公式(2024年6月6日・プロC契約)
つまり「高校生プロ契約」とは、ユース(第2種)に登録されたまま、プロとしてトップチームの公式戦に出る状態のことです。当時の背番号は44。このリリースが載せている成績は、J2リーグ12試合2得点、リーグカップ1試合、天皇杯0試合です。
その1週間後、クラブは記者会見のレポートを出しています。反町康治ゼネラルマネジャーは「今まで19試合の中で12試合に出場して、チームの勝利に大きく貢献してくれている」と評しました(2024年6月13日・会見レポート)。「19試合の中で12試合」は、C契約リリースが載せているJ2リーグの12試合とかみ合います。
footballistaによれば、清水が現役高校生とプロ契約を結ぶのは石毛秀樹以来12年ぶりで通算3人目です。
2025年6月2日、プロA契約は契約日が4月21日
プロA契約のリリースは、条件を具体的に書いています。
西原選手は、4月20日(日)2025明治安田J1リーグ第11 節アビスパ福岡戦での出場により、通算試合出場時間がプロA 契約締結条件である450 分に達したことを受けてA 契約を締結いたしました。なお、契約日はJFA 規定により、4月21日(月)となります。
清水エスパルス公式(2025年6月2日・プロA契約)
このリリースには日付が3つ出てきます。450分に到達した試合が4月20日、契約日が4月21日、そして発表が6月2日です。C契約の発表(2024年6月6日)からA契約の発表(2025年6月2日)までは11か月27日。C契約の締結からA契約の契約日(2025年4月21日)までは10か月15日です。どちらの起点で数えているかによって、10か月とも11か月とも言えるということです。
本人は「A契約になって満足するのではなく、清水エスパルスの勝利に貢献できるように日々頑張ります」と述べています(2025年6月2日・プロA契約)。
JFAの規則が定めるA・B・Cの違い
450分という数字は、JFAの「プロサッカー選手の契約、登録および移籍に関する規則」に定められています。規則の原文(PDF)から、若い選手に関わる条項だけを取り出すとこうなります。
次のいずれかを満たすことをプロA契約及びプロB契約の締結条件とする。
◆ J1 : 450分
(2)プロC契約3年経過
JFA「プロサッカー選手の契約、登録および移籍に関する規則」
つまり試合に出て450分を積むか、C契約のまま3年経つかのどちらかで、A契約かB契約に上がります。西原源樹は前者を、C契約の締結から10か月15日で達成しました。基本報酬にも規定があり、プロC契約とプロB契約はどちらも年額460万円を超えてはならないとされ、プロA契約だけが下限を持つ区分で、年額460万円以上、ただし初めてA契約を結ぶ場合は年額670万円を超えてはならないと定められています。
年齢と期間の定めもあります。満16歳以上で協会の加盟チームに所属し認定を受けていることが条件で、契約の最長期間は5年、ただし18歳未満の選手は最長3年です。出場時間の数え方にも細かい規定があり、1分未満の出場も1分としてカウントし、カテゴリーをまたぐ換算率は、J2で出た時間をJ1基準に直すときは2分の1、J1からJ2へ動くときは2倍です。
| 区分 | 締結の条件 | 基本報酬 |
|---|---|---|
| プロC契約 | 出場時間の条件を満たしていないアマチュア選手・社員選手がプロ契約する場合は必ずC契約。締結できる期間は初めて結んでから3年間 | 年額460万円を超えてはならない |
| プロB契約 | 試合出場時間(J1は450分/J2は900分/J3・JFLは1,350分)を満たす、またはプロC契約が3年経過 | 年額460万円を超えてはならない |
| プロA契約 | 条件はB契約と同じ(試合出場時間、またはプロC契約3年経過) | 年額460万円以上。ただし初めてA契約を結ぶ場合は年額670万円を超えてはならない |
Jリーグ初出場は交代、初ゴールはクラブ最年少記録
Jリーグ公式の選手ページには、初出場と初得点の日付が載っています。初出場が2024年2月25日、初得点が2024年4月20日です。
2024年2月25日、カルリーニョス ジュニオとの交代で
初出場の試合は、J2第1節のロアッソ熊本戦(えがお健康スタジアム)です。Jリーグ公式データサイトの試合記録を見ると、清水の交代欄には、83分のところでカルリーニョス ジュニオが下がり西原源樹が入ったと記録されています。試合は熊本1対2清水で、清水が勝っています。
2024年4月20日、17歳4か月4日
初ゴールはJ2第11節のベガルタ仙台戦です。クラブはこの試合の記念グッズを出していて、そのリリースに記録の性格が書かれています。
4/20(土)に行われた明治安田J2リーグ 第11節ベガルタ仙台戦(HOME)にて、西原源樹選手がクラブ最年少記録を更新し、Jリーグ初ゴールを決めました。
清水エスパルス公式(2024年4月26日・初ゴール記念グッズ)
footballista(2024年7月11日)は、この一撃を「同クラブの公式戦最年少ゴール(17歳4カ月4日)」と書いています。生年月日の2006年12月16日から数えると、2024年4月20日はちょうど17歳4か月4日で、この日は土曜日です。クラブの発表にある「4/20(土)」とも合います。
成績の数字は、いつの時点かで変わる
同じ「J212試合2得点」でも、クラブが出したタイミングによって指している範囲が違います。2024年6月6日に発表された12試合は、その年のシーズンが終わるころには16試合まで伸びています。クラブは代表の選出リリースにも毎回そのときの成績を載せていて、日付順に並べると、同じ大会の同じ選手の数字が、リリースごとに違う時点を指していることが見えます。
| リリース(発表日) | そのリリースに書かれている成績 |
|---|---|
| プロC契約(2024年6月6日) | 2024年 J2 12試合2得点/リーグカップ1試合/天皇杯0試合 |
| U-19日本代表候補(2024年7月19日) | 2024年 J2 12試合2得点/リーグカップ1試合/天皇杯1試合 |
| U-19日本代表(2024年9月12日) | 2024年 J2 16試合2得点/リーグカップ1試合/天皇杯1試合 |
| U-20日本代表(2025年3月12日) | 2025年 J1 3試合0得点/通算 J2 16試合2得点 |
| U-22Jリーグ選抜(2025年5月11日) | 2025年 J1 9試合0得点 |
| U-20日本代表(2025年5月29日) | 2025年 J1 10試合0得点 |
| プロA契約(2025年6月2日) | 2025年 J1 10試合0得点 |
| 育成型期限付き移籍(2026年6月26日) | 通算 J1 12試合0得点/J1百年構想リーグ 2試合0得点/J2 16試合2得点/リーグカップ 2試合0得点/天皇杯 2試合0得点 |
J2の16試合2得点は、2024年9月12日のリリースの時点でもう出ています。2026年6月の移籍リリースの通算成績でも16試合2得点なので、2024シーズンの数字はここで止まっています。天皇杯の数字が6月に0試合、7月に1試合と動いているのも同じ話で、数字を書き写すときはそのリリースの日付も一緒に持ってこないと意味が変わります。
水戸ホーリーホックの加入発表に載っている通算成績も、清水側の数字とすべて一致します。J112試合0得点、J1百年構想リーグ2試合0得点、J216試合2得点、カップ戦2試合0得点、天皇杯2試合0得点です。
三笘薫を参考に、記者会見で語ったこと
2024年6月13日、三保クラブハウスでプロC契約締結の記者会見が行われました。クラブ公式の会見レポートに、質問と本人の回答がそのまま載っています。「目標とする選手はいますか?」という質問に、本人はこう答えています。
参考にしている選手は三笘薫選手です。特にドリブルの仕方や姿勢を参考にしています。
清水エスパルス公式(2024年6月13日・会見レポート)
三笘薫の名前は、記者の評ではなく本人の言葉として出ています。見てほしいプレーについては「スピードを活かしたドリブルでアシストやゴールを取れるところです」と語り、目指す先はこうです。
まずは、エスパルスでJ1昇格で、将来的にはA代表に選ばれたいと考えております。
清水エスパルス公式(2024年6月13日・会見レポート)
貢献の仕方については「途中から出場することが多いので、その中で試合の流れを読んで、まずは守備から、チームを助けるゴールやアシストができれば」と述べ、同年代の選手についても触れています。「同年代にプロ契約をしている選手が4人くらいいたので、自分も追いつけるように頑張りたい」。そして「子どもたちに憧れられる選手です」という一言も残しています。
なお、footballistaが見出しに使った「ネクスト三笘」は書き手の評価です。本人が言ったのは「参考にしている」で、そこは分けて読む必要があります。
個人スポンサーは西原商会
会見と同じ2024年6月13日、清水エスパルスは個人スポンサー契約の締結も発表しました。相手は株式会社西原商会です。きっかけは名前の一致でした。4月20日の仙台戦でプロ初ゴールを決めた直後のヒーローインタビューに続けて、DAZNで西原商会のCMが流れ、同じ「西原」であることにサポーターのSNSが反応しました。理由はそれだけではありません。エスパルスは2004年から21年連続で鹿児島県内で春季キャンプを行っており、エスパルス鹿児島後援会を通じて鹿児島と関係を築いてきました。株式会社西原商会は鹿児島市に本社を置く業務用総合食品卸で、代表取締役社長は西原一将です。「日本を代表する選手に」という言葉は西原社長のもので、本人の言葉ではありません。本人が言ったのは会見の「A代表に選ばれたい」のほうです。
本人のコメントはこうです。
今回、このようなお話をいただき「ご縁があるのかな」と、とても嬉しく思います。西原商会様のことはDAZNのCMで流れているので知っておりました。エスパルスのJ1昇格のために活躍して、恩返しできるよう引き続き頑張りますので応援よろしくお願いします。
清水エスパルス公式(2024年6月13日・西原商会との契約)
3年続いた年代別代表
清水エスパルスの発表のうち、タイトルに「西原」が入るものは20本ほどあり、そのうち7本が年代別代表と選抜の選出です。
| 発表日 | チーム | 大会・活動 |
|---|---|---|
| 2023年8月1日 | U-17日本代表 | HiFA 平和祈念 2023 Balcom BMW CUP 広島ユースサッカー(8月5日から11日) |
| 2023年9月3日 | U-17日本代表 | リモージュ国際大会(9月3日から12日・フランス) |
| 2024年7月19日 | U-19日本代表候補 | トレーニングキャンプ(7月22日から25日・千葉) |
| 2024年9月12日 | U-19日本代表 | AFC U20 アジアカップ予選(9月16日から10月1日・キルギス) |
| 2025年3月12日 | U-20日本代表 | 3月スペイン遠征(3月16日から26日) |
| 2025年5月11日 | U-22Jリーグ選抜 | JFA/Jリーグポストユースマッチ(5月13日・J-GREEN 堺) |
| 2025年5月29日 | U-20日本代表 | 6月フランス遠征(6月1日から17日) |
U-17に2回、U-19に2回、U-20に2回、そしてJリーグの選抜に1回。高校2年の夏から3年続けて、各年代の代表に呼ばれています。本人のコメントも残っています。「日本代表のエンブレムを背負えることをとても嬉しく思います」(2024年9月12日・U-19日本代表)、「まずは、日本代表に選ばれたことを嬉しく思います。ワールドカップのメンバーに選ばれるように」(2025年3月12日・U-20日本代表)、「U-20ワールドカップが9月にあるので、今回の遠征がとても重要だと思います」(2025年5月29日・U-20日本代表)。
このフランス遠征の先にあったU-20ワールドカップ本大会の選出を伝えるクラブ発表は、いまのところ見当たりません。ここに並んでいるのはU-17、U-19、U-20とU-22の選抜で、いずれも年代別です。本人が会見で語った「A代表に選ばれたい」は、まだこれからの話です。
水戸ホーリーホックへの育成型期限付き移籍
現在地です。清水エスパルス公式が2026年6月26日に発表し、水戸ホーリーホックも同じ日に加入を発表しています。
このたび、西原源樹選手が、水戸ホーリーホックへ育成型期限付き移籍することが決定しましたので、お知らせいたします。尚、移籍期間は2026年7月1日~2027年6月30日までとなり、清水エスパルスと対戦する全ての公式戦に出場することはできません。
清水エスパルス公式(2026年6月26日・育成型期限付き移籍)
移籍期間は2026年7月1日から2027年6月30日までの365日です。育成型期限付き移籍は、若手が出場機会を得るために保有元から一定期間だけ他クラブへ移る形で、保有元は清水のまま、期間が終われば戻ります。元のクラブとの対戦に出られないという条件が付くのも、この形の特徴です。
水戸への加入にあたって、本人は「清水エスパルスから加入することになりました、西原源樹です。少しでもチームの力になれるよう、最大限の努力をして、結果を出すために全力で頑張ります」と述べています(2026年6月26日・水戸ホーリーホック公式)。清水を離れるコメントには、この2年の実際も出ています。
プロになって、怪我で思うようにプレーすることができない時期もありましたが、いつも温かく応援してくださるファン・サポーターの皆さんの存在が力になっていました。もっと成長できるように努力していきます。
清水エスパルス公式(2026年6月26日・育成型期限付き移籍)
「J1百年構想リーグ」とは
成績表に見慣れない大会名があります。これは2026年にJリーグがシーズン移行を行ったためです。名称を決めたJリーグ公式の発表が、大会の位置づけを書いています。
Jリーグは、本日開催の理事会において、2026年2月から同年6月まで開催する特別大会の名称を「明治安田Jリーグ百年構想リーグ」とすることを決定しましたので、大会ロゴと合わせてお知らせいたします。
本大会は2026/27シーズンのシーズン移行を前に、4か月間で開催する大会です。
Jリーグ公式(2025年9月25日・百年構想リーグの名称決定)
カテゴリー別の表記が「明治安田J1百年構想リーグ」で、これが成績表に出てくる大会名です。新しいシーズンの日程は、別のJリーグ公式の発表にあります。第1節は2026年8月8日・9日(7日開催の可能性もあり)、最終節(第38節)は2027年6月5日・6日です(2025年10月28日発表)。
2026/27シーズン、第1節と第2節はメンバー入りしていない
移籍先のカテゴリーも確かめておきます。Jリーグ公式のクラブページによれば、水戸ホーリーホックは2025年のJ2で1位となり、2026/27シーズンはJ1にいます。同じページの成績欄は明治安田J1リーグで0勝1分1敗の15位、監督は樹森大介です。
第1節の柏レイソル戦(8月8日)と第2節のガンバ大阪戦(8月15日)のラインナップには、どちらも水戸のスターティングメンバー11人と控えメンバー9人、合わせて20人が載っています。その20人に西原源樹の名前はありません。先発でもベンチでもない、つまりこの2試合はメンバー入りしていないということです。
まとめ
読み方は「にしはら もとき」で、根拠は水戸ホーリーホック公式のプロフィール表記です。清水エスパルスのアカデミーで育ち、ユース在籍のまま2024年6月6日にプロC契約。2024年4月20日にはクラブ最年少記録を更新するJリーグ初ゴールを決めていて、そのときが17歳4か月4日。2025年4月20日のアビスパ福岡戦でJ1通算450分に達し、契約日4月21日でプロA契約に切り替わりました。C契約からA契約までは10か月15日です。
その間にU-17、U-19、U-20の日本代表とU-22Jリーグ選抜に選ばれ、個人スポンサーとして株式会社西原商会のサポーティングパートナー契約もあります。2026年7月からは水戸ホーリーホックへ育成型期限付き移籍。2026/27シーズンの第1節と第2節は、メンバー表に名前がありません。
「高校生でプロ契約」は特別な言葉に聞こえますが、制度としては入口が決まっています。C契約から入り、450分か3年でA契約かB契約へ。数字が公開されている分、目標としては分かりやすい世界です。
同じように若くして他クラブや海外へ出た選手として、杉浦誠黎(スギウラ ミレイ)や宮代大聖の記事もあります。大学を経由するルートと比べたい人は、高校から大学へ進んだ川上哲平やサッカー推薦で大学へ行く話、Jリーガーになるための3つのルートもどうぞ。
水戸での出場記録、期限付き移籍の満了(2027年6月30日)、そして怪我に関する公式発表。この3つは、今後も追いかけていきます。
