あさひは色々考えているようだった。誰かに言われてからやるのと、自分で気付いて行動に移すのでは、例え同じワークをしても早さも正確さもきめ細かさも変わってくる。
後者の場合、何より自分が行動することに夢中となり、得体の知れない何かにグイーっと引っ張られるような感覚だ。
あさひのメンタルは大きく変わった。ただ、それは彼がサッカーを引退してからの話である。
あさひはなぜ自分一人で決めたのか
あさひが引退することは、彼の周辺ではちょっとしたニュースとなった。あんなにサッカーがうまかったのに…あんなにJリーグクラブを目指していたのに…あんなにサッカーが俺の全てだと言っていたのに…
そんなあさひが不本意にも早々に引退を決意したことは、彼自身が一番なぜなのかわかっていないかも知れない。
サッカー選手を引退するときの気持ちがどんな気持ちかは、引退を決意した人にしかわからない。そして、自分で満足する結果に終わらないまま、挑戦することをあきらめ、夢を追うことをやめてしまった。
あさひは自分の考えは常に正しいと考えていた。だから、今回の決断もおそらく一人で考え抜いて決断したことだろうし、その決断に対して決して間違いだったとは思っていないはずだ。そう、引退してからの数年はそうだろう。
最近出会ったあさひは、やっぱりサッカーがしたいと言っていた。引退してからすでに10年が経つが、未だにあのときの決断を後悔しているのに後悔しているとは言わない。
辞めたときは案外あっさりしていた。まるで次の目標や目的がしっかり決まっていたかのようだった。ただ、10年後の彼はやっぱりサッカーに再び恋をしていた。
なぜ、彼は引退を決めたとき、一人で決断してしまったのだろうか。
あさひはなぜ一歩を踏み込めなかったのか
サッカー選手と一口にいっても、色んな選手がいて色んなカテゴリーがあり、色んな国で活躍している。
場合によってはJリーグクラブに入るよりも、東南アジアの海外クラブに入ったほうが生涯賃金(報酬)は多くなるかもしれない。
あさひはなにをそんなにJリーグにこだわり続けたのだろうか。そして、なぜJリーグ以外の環境を選択しなかったのだろうか。
日本(Jリーグ、JFLなど)を舞台に活躍しているサッカー選手の他に、アジアやヨーロッパなどで、サッカーを生業としている選手も多い。
決して脚光を浴びているわけではないが、彼らは目指すべきものがあり、理想を追い求めているのだ。
確かに日本以外の選択肢を持てるかどうかは、選手自身のアンテナの張り方と指導者の選手に対する思いやりがなければ、そもそも考えることもないかもしれない。
チャンスを掴むかどうかは、チャンスを作り出せる環境や機会をどれだけ作ることができるかでもある。あさひはそのような環境や機会を作ろうとはしていなかったし、与えられることもなかった。
決断によっては大きな一歩を踏み出し、海外を選択することもできたかもしれない。当然、リスクを伴うわけで、失うものや守られないものもあるかもしれない。しかし、何かを犠牲にしても、それより得るものが大きければ、きっと間違ったサッカー人生にはならないはずだ。
そもそも、その選択肢をあさひが持っているかいないかで、次の一歩を踏み出せたかどうかにつながる。
あさひはなぜ夢を諦めたのか
地元では有名なサッカー選手も、夢を諦めた瞬間からは普通の青年となった。あさひくんサッカーやめたらしいよ、なんて声も聞くのはせいぜい引退をしてこら一ヶ月ぐらいだろう。
その後は誰もあさひの人生に深入りしようとはしない。もともと深入りをしてはいなかったのだが、サッカーをしているあさひを応援している人が多かったので、サッカーをしていないあさひに魅力を感じるほどでもなかったようだ。
あさひはなぜ自分の進みたい道を誤ったのか。なぜ夢を諦めてまでサラリーマンになる必要があったのか。
サラリーマンは誰でもなることができる万能な仕事だ。サッカーができなければサッカー選手になれないように、◯◯ができなければ◯◯になれないような専門性の高い仕事ではなく、誰でもその気になればそれなりの職につける。
会社規模や仕事内容の程度はまちまちだが、サラリーマンとは大衆の中の1人にすぎない。群衆の中の1人で替えはいくらでもきく。
そう言う意味では、サッカー選手はよっぽど特別な仕事であり、常に夢を追いかけ自分との戦いを強いられる。
あさひはJリーグクラブへの入団直前で自らのサッカー人生を絶った。挑戦することに不安を感じたのか、得体の知れない世界へ飛び込む勇気がなかったのか、本人からも明確な回答がないままだったが、彼は夢を諦めた。
諦めた時点で試合終了とは有名な言葉だが、本当にそうだ。
右も左もわからぬまま飛び込む勇気がなければならない以前に、到達するまで続けるか、諦めるかと言う根本的な課題をクリアできていなかった。
あさひには諦めないと言う強い気持ち(サッカー愛)と、新しい世界へ飛び込む勇気が少し足りなかっただけである。そんな彼は、引退してから10年が経った今もなお、自分で決断した結果(後悔)と向き合っている。