2025年1月5日、静岡県の時之栖スポーツセンターで開催された「NEW BALANCE CUP 2025 IN TOKINOSUMIKA」。決勝トーナメント準々決勝で、立正大淞南高(島根)は鹿島学園高(茨城)に0-4で敗れた。前から奪いにくる相手の守備に苦しみ、ボールを受ける回数もスペースへ抜け出す回数も増やせなかった大型FWは、試合後に唇を噛んでこう振り返った。「こういう試合になった時に全然決めれてないんで、こういう試合で決められるように。苦しい時とかに自分の一発で勝たせられるようにしたい」。若槻大雲、当時2年生。184cmの体格とスプリント力を兼ね備えたストライカーである。
184cmの大型FW、若槻大雲の基礎データ
若槻大雲は2007年9月11日生まれ、身長184cm・体重74kg。サンフレッチェくにびきFCの出身で、島根県の強豪・立正大淞南高でFWを務める。2025年にはU-17日本高校選抜候補にも名を連ねた。抜群のスプリント力と、DFを抜き切らずにシュートを決め切る力を兼ね備えた大型ストライカーと評されている。
ゲキサカ「若槻大雲」選手ページ(2026年8月26日閲覧)片足跳びとスクワットで磨いたスプリント力
そのスピードは偶然の産物ではない、と筆者は見る。「(片足跳びでのトレーニングや、スクワットなど)南(健司)先生とか野尻(豪)先生が、自分が速くなるためのトレーニングっていうのを結構、毎回やってもらって」。指導者のもとで積み重ねてきたメニューが、ストライドの大きいランニングと、相手に体を入れながら加速する動き方を形にしてきた。
PK戦で果たせなかった選手権行き
2024年11月6日、第103回全国高校サッカー選手権大会島根県大会の準決勝。3連覇を狙った立正大淞南は延長1-1からのPK戦を4-5で落とし、益田東高に敗れて全国大会出場を逃した。途中出場だった若槻は「(対戦した益田東高に)結構引かれてたんですけど、でも、そこで点取れないっていうのは、やっぱ自分の責任っていうのは、結構あると思います」と振り返っている。インターハイで1点、プリンスリーグ中国でも得点を挙げてきたが、その多くは先輩FWの三島拓人や郷原巧実がつくった機会だったと本人は自己分析していた。
「ゴール前抜け出しても、結局最後無理やり行ったら行けるっていうとこでも、無理やり行かない、パス出してしまうとかっていうところがあるんで、自分としてもそこでやっぱ怖さを出さないといけない」。自分で打ち切ること、そのうえで決め切ること。若槻はこの一点と向き合い続けていたと、筆者は記録から読み取った。
ゲキサカ「[NEW BALANCE CUP]悔しさや恩師、先輩の教えを糧に。大きなエンジンと得点感覚兼備のFW若槻大雲が立正大淞南を勝たせるストライカーに」(2026年8月26日閲覧)最上級生として迎えた2025年シーズンの歩み
2年生の冬に味わった悔しさは、そのまま次のシーズンへ持ち越された。若槻大雲にとって2025年は、チームを勝たせるストライカーになるという課題に正面から取り組む一年だったと、筆者は一連の記録から受け取っている。学年が上がり、ゲキサカの選手ページでは2025年9月時点で身長183cm・体重76kg、3年生と登録が改められた。体重が増えた分だけ、ゴール前で体を当てながら最後まで走り切る土台は厚みを増したはずである。
中国新人大会決勝、あと一歩で届かなかったタイトル
2025年3月16日、第17回中国高等学校サッカー新人大会の決勝。立正大淞南は作陽学園に0-1で敗れ、相手に14年ぶり2回目の中国大会制覇を許した。スコアが動かないまま進んだ試合のなかで、立正大淞南にも決定機はあった。後半8分、若槻のパスから久保侑聖がシュートに持ち込もうとしたものの、打ち切るところまでは届かず、ネットは揺れなかった。
この場面は、若槻がNEW BALANCE CUPの後に語っていた課題と、形を変えて重なる。「ゴール前抜け出しても、結局最後無理やり行ったら行けるっていうとこでも、無理やり行かない、パス出してしまうとかっていうところがあるんで、自分としてもそこでやっぱ怖さを出さないといけない」。自分が打ち切るのか、味方に託すのか。その判断の一瞬が勝敗を分ける場所に、若槻は立ち続けていたことになる。決勝という最も重い舞台で、チームは1点が遠かった。
プリンスリーグ中国での先制点
新人大会から1か月足らず、若槻は結果で応えている。2025年4月12日の高円宮杯プリンスリーグ中国第2節、サンフレッチェ広島ユースセカンドとの一戦で、前半33分に先制ゴールを決めた。立正大淞南はこの試合を含めて開幕から2連勝を飾っている。
184cm(登録更新後は183cm)の体格を持ちながら、若槻の持ち味はスプリント力にある。南健司先生、野尻豪先生のもとで片足跳びやスクワットを重ねてきたという積み上げが、ストライドの大きいランニングと、相手に体を入れながら加速する動きを支えてきた。リーグ戦の早い段階で挙げた一点は、その走りが公式戦のゴールという形に結び付いた一例だったと筆者は見る。
| 大会・ラウンド | 日付 | 対戦カード | 結果・若槻の関与 |
|---|---|---|---|
| 中国高校新人大会 決勝 | 2025-03-16 | 作陽学園 1-0 立正大淞南 | 立正大淞南が敗れ14年ぶりの作陽学園優勝を許す。若槻のパスから決定機も得点ならず |
| プリンスリーグ中国 第2節 | 2025-04-12 | 立正大淞南 vs 広島ユースセカンド | 若槻が前半33分に先制ゴール |
出典: ゲキサカ「[新人戦]「自分で決めたことをやるのが今年のテーマ」。作陽学園が立正大淞南を1-0で下し、14年ぶり2回目の中国大会制覇」、ゲキサカ「[プリンスリーグ中国]立正大淞南&瀬戸内が開幕2連勝…米子北は昇格組・作陽学園と0-0ドロー:第2節」、ライブドアニュース「強豪サッカー部まさかの苦杯「信じられない」 全国屈指の実力校が…自責の念に駆られ「情けない」」
プリンスリーグ3位、参入戦まであと一つ
シーズンを通して戦ったプリンスリーグ中国で、立正大淞南は3位に終わった。プレミアリーグ参入戦への進出まで、あと一つ順位が足りなかった。全国の舞台につながる切符を、リーグ戦の積み重ねのなかで取り切れなかったことになる。選手権予選、新人戦予選と合わせて、全国屈指の実力校と呼ばれてきたチームにとって重い結果が並んだ。若槻自身も、この結果に悔しさと責任を感じていたと伝えられている。
2024年11月の選手権島根県大会準決勝、益田東高にPK戦4-5で敗れた直後、若槻は「そこで点取れないっていうのは、やっぱ自分の責任っていうのは、結構あると思います」と口にしていた。同じ言葉を繰り返さないために一年を費やしてきたはずだが、タイトルという結果に結び付けるまでには至らなかった。
| 舞台 | 到達点 | あと一歩だった内容 |
|---|---|---|
| 中国高校新人大会 | 決勝敗退 | 作陽学園に0-1、決定機を生かせず |
| プリンスリーグ中国 | 3位 | プレミアリーグ参入戦進出に届かず |
| 選手権予選・新人戦予選 | 敗退 | — |
出典: ゲキサカ「[新人戦]「自分で決めたことをやるのが今年のテーマ」。作陽学園が立正大淞南を1-0で下し、14年ぶり2回目の中国大会制覇」、ライブドアニュース「強豪サッカー部まさかの苦杯「信じられない」 全国屈指の実力校が…自責の念に駆られ「情けない」」
「自分の一発で勝たせられるように」
NEW BALANCE CUPの敗戦後に残した「苦しい時とかに自分の一発で勝たせられるようにしたい」という言葉は、2025年シーズンを通じて若槻が追い続けたテーマそのものだった。プリンスリーグでの先制点のように、抜け出して仕留める形は確かに出せている。一方で、新人大会決勝のような競り合いの試合で一点をもぎ取ることの難しさも、あらためて突き付けられた。
教育実習で母校を訪れた先輩FW・古山兼悟から教わったという「ゴール前の泥臭さ」、競り合いのメニュー、ターン、裏への抜け出し。南健司先生、野尻豪先生と積み重ねた片足跳びやスクワット。183cmの体に備わったスプリント力と、DFを抜き切らずに決め切る力。それらを束ねて、競った展開の一点に変換できるかどうかが、この大型ストライカーに課され続けてきた問いだったと筆者は整理している。
先輩に教わった「ゴール前の泥臭さ」
教育実習のために母校を訪れた卒業生の先輩FW・古山兼悟から、若槻は多くを学んだという。「兼悟君に教わったのは、やっぱ一番はゴール前の泥臭さ」。競り合いのメニューやターン、裏への抜け出しも教わり、少しずつ自分のものにしてきた実感を持っている。
「(チームで)いい成績残して、選手権は絶対行って、日本一取りたい」。悔しい黒星と向き合い続けてきた若槻が、当時掲げていた言葉である。