スパイクの値札を見て、二度見したことがあります。ユニフォームも、レガースも、気づけば安くありません。筆者は2016年に、その「高い」の理由を考えて書きました。そして当時、ロボット工場が価格を下げるかもしれないという予測を書きました。10年後の答え合わせをすると、その予測はきれいに外れています。逆方向に外れました。ここから、価格の中身を分解したうえで、外れた予測も記録として残します。
| 費目 | 何が乗っているか | 価格に占める考え方 |
|---|---|---|
| 材料 | アッパー素材、ソール、スタッド | モデルごとに差が出るところ。高価格帯ほど素材で差別化される |
| 生産 | 工場、設備、縫製などの人の手 | ★生産地の人件費で大きく変わる。10年前に注目した部分 |
| 開発 | 設計、試作、選手によるテスト | 1足あたりに割り戻される。生産数が少ないモデルほど重い |
| 物流 | 輸送、通関、在庫 | 生産地から店頭までの距離と回数で変わる |
| 販売 | 卸・小売の取り分、店舗、広告 | 「○○%オフ」が成立するのはここに幅があるから |
ひとつだけ先に言っておきます。費目ごとの金額や比率は書きません。メーカーが公開していないからです。そのうえで、実際にいくらかかるのかは、公的な調査と実額で答えます。
スパイクはなぜ高いのか
値段の中身は、上の表のとおり「材料・生産・開発・物流・販売」に分けられます。ここまでは一般論で、どんな工業製品でも同じです。サッカースパイクに固有の事情を3つ挙げます。
- 消耗品なのに、サイズが変わる。子どもの場合、足が大きくなるので性能以前に買い替えが発生します。「良いものを長く」が成立しない費目です。
- グラウンドの種類ごとに要る。土、人工芝、天然芝でスタッドが違います。所属チームの環境によっては2足必要になります。
- 価格帯の幅が非常に広い。入門用と最上位モデルでは何倍も違います。筆者が2016年に「一足50,000円のスパイクがあることに驚きを隠せません」と書いたのは、その幅の上端を見たからです。
そして、いちばん大きいのが「生産」です。同じ設計でも、どこで誰が作るかで最終価格が変わります。皆さんが「高い」と思っている価格は、実は人件費の安い場所で作られた結果の価格です。ここが、次の節の前提になります。
店頭に並ぶそのスパイク一つ一つの値段には、生産者や皆様の元へ届けるために関わった全ての人たちの、血と汗と涙の結晶が価格となって詰まっているのです。※血は言い過ぎですが…
10年前、ロボット工場に期待した:そして外れた予測
ここからが本題です。2016年、筆者はこう書きました。
アディダスは今後、ドイツだけではなく他国でもスピードファクトリー化を推進するようです。そうなると、いずれは皆様の元に届くアディダスのシューズ(スパイク)は、もしかしたら今よりも安く購入することができるかもしれません。
新興国の労務コストでもなく、自国通貨安でもなく、ロボット化によって先進国への生産回帰が起きようとしています。これが加速したとき、「輸入」「現地生産」といったパラダイムでは対処できない、次なる思考法が必要とされるはずです。
結論から書きます。この2つの予測は外れました。しかも逆方向にです。
アディダスが2019年11月11日にヘルツォーゲンアウラッハで発表したプレスリリースの見出しは「adidas deploys Speedfactory technology at Asian suppliers by end of 2019」。日本語に訳すと「Speedfactoryの技術を、2019年末までにアジアのサプライヤーへ展開する」です。そして本文に、こうあります。
Production at the two Speedfactories in Ansbach, Germany, and Atlanta, USA, however, will be discontinued by April 2020 at the latest.
(ドイツ・アンスバッハと米国・アトランタの2つのSpeedfactoryでの生産は、遅くとも2020年4月までに終了する)
つまり、筆者が「先進国への生産回帰が起きようとしています」と書いた工場は、閉じました。そして技術のほうがアジアへ移りました。生産回帰ではなく、生産はアジアに戻ったのです。
リリースには理由も書かれています。アジアのサプライヤーの既存の技術と、アンスバッハとアトランタで開発した新しい生産手法を組み合わせることで、既存の生産能力をより有効に使え、製品設計の柔軟性も高まるとされています。グローバルオペレーション担当の執行役員マーティン・シャンクランドのコメントも掲載されており、Speedfactoryは「製造のイノベーションと能力を進めるうえで重要な役割を果たした」と位置づけられています。工場を閉じたことが小売価格にどう跳ね返ったかを示す資料は見当たりません。
ここから何が言えるか。10年前に見落としていたのは、「ロボット化=生産地が自由になる」ではないということです。ロボットを入れても、周辺の部材、熟練、既存設備がそろっている場所のほうが結局は強かった。技術だけが移動して、生産は動かなかった。
そして、筆者がいちばん期待した「だから安くなるかもしれない」も実現していません。自動化はコストの一部にしか効かず、上の表でいえば「生産」の一部だけです。材料も、開発も、物流も、販売も、ロボットでは下がりません。
予測を外したことは記録として残します。ただし、そこから引き出せる教訓のほうが、当時の予測より価値があります。つまり「新しい生産技術が出てきたときに、まず変わるのは価格ではなく、どこで作るかの選択肢のほうだ」ということです。
「大幅に安く作ることは可能である」。2016年、筆者は最後にそう書いていました。この主張の根拠は、当時も本文に書かれていませんでした。そして上で見たとおり、世界最大級のメーカーが自動化に投資して撤退しているという事実があります。「可能である」と言い切るには、少なくともその事実を説明できなければなりません。10年前の自分に返すとしたら、そこです。
2016年、筆者は同じ最後の節で、自社で安価なサッカー用品を作るという構想も書いていました。「サッカー界のファストファッションならぬ、ファストサッカー用品を発表される日が来るかもしれません」という書き方です。この構想は実現していません。10年たっても、そうした製品は出ていません。当時読んで期待した人もいるはずなので、はっきり書いておきます。
実際にいくらかかるのか
「スパイクが高い」の話は、単品の値段ではなく、続けるのにいくらかかるかで考えたほうが役に立ちます。ここは実データがあります。
公的な調査。サッカーにかかるお金の記事で扱った笹川スポーツ財団の調査(2023年)では、1か月あたりの支出について最も多い層が「5,000円〜1万円未満」で27.2%、次いで「支出していない」27.6%、「1万円〜2万円未満」16.7%という分布が報告されています。月5,000〜10,000円というのが、いちばん人数の多い実態です。
実額。同じ記事では、筆者が小学生から大学まで16年間続けた場合の実額を積み上げていて、合計およそ371.5万円、年間約23万円、月あたり約1.9万円でした。これは競技志向で続けた場合の水準で、トレセンや選抜への参加費が積み上がっているのが一般的なケースとの差です。
忘れられがちな固定費。スポーツ安全保険の掛金は公開されていて、令和8年度(2026年度)のA1区分(中学生以下の子ども)で年間800円です。スパイクの値段を気にする一方で、この800円を忘れると、怪我や賠償に自費で対応することになります。
つまり、「スパイクが高い」は費用全体の一部の話です。スパイクを1万円安く買えても、遠征と合宿の回数のほうが総額を大きく動かします。費用を下げたいなら、まず変動幅の大きいところから見てください。
安く済ませる方法は本当にあるのか
作る側の値段がすぐには下がらないなら、買う側で工夫するしかありません。公的な制度と買い方、2つの手があります。
- 就学援助の確認。経済的に就学が困難な家庭を対象とする就学援助制度では、支給対象品目に「クラブ活動費」が含まれています(文部科学省 就学援助ポータルサイト)。ただし準要保護者への就学援助は市町村が単独で実施しているため、支給品目も金額も自治体によって異なります。住んでいる自治体の要綱を見てください。
- モデルチェンジ時の在庫を狙う。子どものスパイクは、性能差よりサイズが合っていることのほうが重要です。最新モデルである必要はありません。
- グラウンドに合ったものを1足。「念のため2足」を避けるだけで、単純に半分になります。
- チーム選びの段階で総額を見る。遠征・合宿の回数が総額をいちばん動かします。
まとめ
- スパイクの価格は材料・生産・開発・物流・販売の積み上げ。金額の内訳はメーカーが公開していない
- ★2016年に書いた「ロボット化で先進国への生産回帰が起きる」「だから安くなるかもしれない」は外れた。アディダスは2019年11月11日、アンスバッハとアトランタのSpeedfactoryを2020年4月までに生産終了し、技術をアジアのサプライヤーへ移すと発表
- 新しい生産技術が出たとき、まず変わるのは価格ではなく「どこで作るか」の選択肢
- 実態は月5,000〜1万円未満が最多層(27.2%)、16年続けた実額はおよそ371.5万円(競技志向の場合)
- スポーツ安全保険はA1区分で年間800円。削ってはいけない費目
- 「ファストサッカー用品構想」は実現していません
費用の全体像はサッカー人生で必要なお金の記事に、用具が関わる規則(すね当てなど)は礼儀とマナーの記事にまとめています。
