得点の分は一人ずつ刻まれているのに、その選手が何分ピッチに立っていたのかを書く欄はない。
ベトナムサッカー連盟のページに、16歳以下の全国選手権の予選の結果が並んでいました。10月10日、Hà Nội が Công an Nhân dân に2-1。16分に先に失点して、43分に追いつき、78分に勝ち越している。同じ日の Hải Phòng の4-0は、57分、64分、76分、90分+2。点が入った時刻だけが、名前と背番号の横に細かく残っている。
16分、43分、78分。16歳の試合でも、点の入った瞬間は分の単位で記録される。その一方で、ピッチにいた時間そのものは誰の横にも数字として付かない。日本の育成年代も同じで、県のリーグでも全国の大会でも、紙に残るのは得点者と交代の欄。ただ一か所だけ、高校生や大学生の「何分出たか」が、何年もあとに別の文書の上で意味を持ち直す場所があります。
出た分が、契約の条件に足し込まれる
JFAの選手育成のページに、特別指定選手の説明があります。認定された選手は、所属している大学や高校に登録したまま、受入先のJクラブの選手として公式試合に出られる。出られるのは明治安田Jリーグ、U-21 Jリーグ、リーグカップ戦、プレシーズンマッチ。ここまでなら、出場機会を早めに渡す話として読める。
その下にもう一行ある。特別指定として出場した試合がプロA契約・プロB契約の締結条件の対象試合だった場合、その出場時間は、その選手が将来はじめてプロ契約を結んだときに、締結条件の出場時間として加算される。あわせて、特別指定選手はプロ選手規則の25名枠の対象外として扱われる。
つまり、高校や大学に籍を置いたまま、アマチュアの身分で立っていた時間が、消えずに先の契約の側へ積まれている。高3の秋に途中から出た時間が、何年か先に、契約の区分を決める数字の一部になっているということ。早く出ることは経験の話だと言われがちだけれど、条文はもっと即物的に書いてある。
認定は中2日で来て、分の効き目は数年後に出る
申請はJクラブが各週の火曜日の正午までに出し、JFA技術委員会が木曜に認定する。火曜の正午に申請して木曜に認定されるまでの中2日を数えたときは、入口の速さのほうに目が行っていました。けれど加算の一行を読むと、この制度は入口が速いだけではない。認定は中2日で届くのに、そこで積んだ分が効くのは、本人がはじめてプロ契約を結ぶ日。間に大学の三年や四年が挟まることもある。
受け取る側の時間感覚がそろわない。18歳や19歳の本人にとって、週の木曜に名前が出ることは今日の出来事で、A契約・B契約の締結条件は、まだ言葉としてしか存在していない。それでも、数字のほうは試合の日から勝手に積まれている。
その分を、誰が数えているのか
加算されるということは、どこかで誰かが足している。足し算の側にはクラブの申請とJFAの認定が並んでいるが、本人と家庭の手元に「今まで何分積んだ」と書かれた紙があるかどうかは、また別の話。公式記録を開けば出場の分は一試合ずつ残っているので、数えようと思えば数えられる。数えていないだけ。
ややこしいのは、身分の切り替わりが一本の線で来ないこと。自クラブのユース選手をトップに載せる2種登録のまま、年内はそのままトップチームに参加するという形もある。プロ契約を結んでも年内は2種登録のままという二段構えを見たときにも思いましたが、締結の日付と登録区分が動く日付は別々に置かれている。どの日以降の出場がどちらの数に入るのかは、文面を読んだだけでは本人にも分かりにくい。
進路の話をするとき、大人はたいてい「試合に出られるかどうか」で止める。出られるかどうかの先に、出た分が後の契約条件へ繰り越されるという取り決めがある。ここを飛ばすと、高校3年の冬に提示される条件が、どこから来た数字なのか説明できなくなる。
次に特別指定の認定が並んだら、認定された日付のほうではなく、その選手が明治安田JリーグとU-21 Jリーグで実際に何分立ったのかを、一人ずつ先に足す。
出典: vff.org.vn(2026-10-10)