0-0のまま90分が終わって、PK戦まで行った準決勝のピッチに、高校2年生が立っていました。10月13日、国民スポーツ大会少年男子の部、会場はプラスタ。千葉県が神奈川県に5-3で勝っています。
結果より先に目がいったのは、スコアではなく名前の横に添えられた短い表記のほう。FW秋元大樹、市立船橋高2年、JFAアカデミー福島出身。この大会の前にU-17日本代表に初選出されて、その活動を経てこの日の試合に出ている。
ポルトガルサッカー連盟のサイトには、女子のU-15だけを集めたニュースの欄が立っている。種別と年代で入口が割られていて、そこを開けばその年代の話だけが順に並ぶ。
U-15、日本でいえば中学3年生年代。この年代に誰がどこにいたのかを日本側で後から知ろうとすると、年代でまとめたページを開いても出てきません。高校生になってからの名簿を開いて、高校名の後ろに小さく置かれた一語を読むことになる。
三つで足りてしまう数え方
中学3年の秋に、子どもと家庭が「次はどこか」を考える。そのとき挙がる名前は、たいてい三つで足りてしまう。Jクラブの下部組織か、学校の部活動か、街クラブか。進路の話を聞いていても、この三つの間でどれを選ぶかという形で進むことが多い。
ところが秋元選手の手前にあるのは、そのどれでもない。JFAが直営しているアカデミーで中学年代を過ごし、高校で高体連の強豪校に入っている。三つで数えていると、この子の中学年代はどの箱にも入らない。
四つ目があることが問題なのではなくて、四つ目があるのに三つで数えていると、進路を考えている家庭の手元から選択肢が一本消えるということ。消えた一本は、誰かが黙って隠したわけではない。高校に入った時点で表記が上書きされるので、名簿の上から見えなくなるだけです。
高校名が上書きする
U-17日本代表のメンバー表に並ぶのも、国スポの県選抜の名簿に並ぶのも、市立船橋高という高校名のほう。中学年代にどこにいたかは、記事が一行書き添えるか、本人が話すかしないと表に出てこない。
これは中学年代の所属が軽いという話ではなくて、公の名簿が「いま所属しているところ」を書く様式になっているというだけのこと。ただ、その様式のせいで、15歳の分かれ道の実績だけが毎年きれいに消えていく。高校3年間の実績は高校名に積まれ、中学3年間の実績は誰の名前にも積まれない。
高校に進んだ選手の記事を読むとき、高校名を読んだところで止まってしまうと、その子が13歳から15歳をどこで過ごしたのかは一生わからないままになる。見るべきは高校名の手前。たった一語ですが、そこだけが中学年代の記録になっている。
四つ目を通った人数は、どこにも集まっていない
もうひとつ引っかかるのは、四つ目の道を通った子が何人いるのかを、家庭の側から確かめる方法がないこと。Jクラブの下部組織なら、そのクラブのページにユースへの昇格やトップ昇格の発表が毎年出る。街クラブから先の経路も、選手の経歴の一行目として繰り返し公表されている。
JFAのアカデミーで中学年代を過ごした子が、その後どこへ進んで、どれだけが代表や県選抜の名簿に名前を載せたのか。これは一覧になっていない。秋元選手のように、U-17日本代表に初選出されて、同じ秋に県の選抜でPK戦まで戦った、という一例が記事の中に残るだけ。
一例は一例でしかないので、中3の家庭が「ここを通るとどうなるか」を見積もる材料にはなりません。ただ、数えられないわけではない。国スポ少年男子の各県の名簿も、年代別代表のメンバー表も、出身の表記が付いているものは公になっている。開いて、高校名の手前を一行ずつ拾えば、四つ目の道が何人ぶん使われているかはこちら側で積める。
進路の相談を受けるときに、Jクラブか部活か街クラブかの三択で答えを返してきた覚えがある。今年の秋にPK戦を戦った高校2年生の表記を見て、その返し方をやめたい。15歳の選択肢を三つで語るのをやめ、県の名簿と代表の名簿に残っている出身の一語を一行ずつ拾って、四つ目がどれだけ使われているかを数えたい。
出典: www.fpf.pt(2026-10-14)