細谷真大という物語――「柏の9番」が背負うもの
Jリーグのピッチには、華やかなスターの陰に、静かに重いものを背負いながら歩いてきた選手たちがいる。
柏レイソルのエースストライカー、日本代表FW「細谷真大」も、そのひとりだ。
2001年9月7日、茨城県牛久市生まれ。
地元クラブから柏レイソルアライアンスアカデミーTOR’82、そして柏レイソルU-15、U-18へと進んできた生え抜きストライカーは、今や柏と日本代表の最前線でゴールを託される存在になっている。
柏レイソルとともに育った「9番」への道
細谷真大のキャリアは、一貫して柏レイソルとともにある。
小学生の頃から柏レイソルアライアンスアカデミーTOR’82で育ち、中学では柏レイソルU-15、高校年代では柏レイソルU-18に進む。
アカデミーからトップチームへの昇格が険しく、厳しい競争で知られる柏において、細谷は「順調に」ステップアップしてきたように見える。
だが、その「順調」に見える道のりの中にも、見えない葛藤とプレッシャーは積み重なっていく。
2019年3月、まだ柏レイソルU-18所属だった細谷は、2種登録選手としてトップチームに名を連ねた。
そして、3月30日のJ2第6節・東京ヴェルディ戦で途中出場し、Jリーグデビュー。
同年7月3日、天皇杯2回戦・いわてグルージャ盛岡戦で公式戦初ゴールを記録する。
プロ入り前にトップのピッチを踏み、ゴールまで決めた。
その響きだけを聞けば、順風満帆で「選ばれた」ストライカーに見える。
だが、その後が簡単ではなかったことは、出場記録が物語っている。
2020年、晴れてトップチームに昇格。
J1ではわずか2試合の出場にとどまりながらも、ルヴァンカップ大分トリニータ戦で1ゴール1アシストと存在感を示した。
2021年、徐々に出場機会を増やし、7月3日のJ1第21節・横浜F・マリノス戦でリーグ戦初ゴール。
それでも、この頃の細谷は、まだ「絶対的エース」と呼ばれる存在ではなかった。
チームは残留争いとも向き合う難しい時期で、クラブも本人ももがき続ける日々だった。
ベストヤングプレーヤー賞、そして「エース」の自覚
大きな転機は2022年シーズンだった。
開幕スタメンの座を勝ち取ると、第2節・横浜F・マリノス戦でシーズン初ゴール。
以降、得点とアシストを重ねてJ1で8ゴール4アシスト。
そして酒井宏樹(2011年)、中山雄太(2017年)に続き、柏レイソルから3人目となるJ1ベストヤングプレーヤー賞を受賞する。
これは、単に「若手として活躍した」という評価ではない。
酒井、中山という、日本代表を背負って海外へと羽ばたいていった先輩たちと同じライン上に、細谷真大の名が刻まれた瞬間だった。
迎えた2023年、細谷は本格的に「エース」としての役割を担うことになる。
マテウス・サヴィオとのホットラインを形成し、難しいシーズン状況の中でゴールを量産。
リーグ戦14ゴールを挙げ、得点ランキング5位。
チームが残留争いに巻き込まれる中でも、前線で孤軍奮闘する姿は、多くのサポーターの記憶に刻まれた。
その結果として、2023Jリーグ優秀選手賞、そしてJPFAアワード(J1)ベストイレブン。
名実ともに、Jリーグを代表する若きストライカーとなった。
期待と現実――2024年、「ゴールが奪えないエース」の時間
だが、サッカー人生はいつも右肩上がりとは限らない。
「昨年よりも結果を出して当然」
「欧州移籍も時間の問題」
そんな期待が渦巻いた2024年シーズン、細谷真大は思いもよらぬ壁にぶつかる。
リーグ戦での初ゴールは、5月15日のJ1第14節・湘南ベルマーレ戦。
U23アジアカップが行われた4月まで、公式戦ノーゴールの日々が続いた。
最終的なリーグ戦のゴール数は6。
前年の半分以下という厳しい数字が残る。
エースにとって、「ゴールが取れない時間」は、外から想像できないほど重い。
チームメイトも、監督も、サポーターも、信じてくれている。
だからこそ、決めなければいけない。
だが、決まらない。
試合後、ピッチからロッカーに戻るまでの短い時間。
家に帰ってからひとりになる夜。
ふと、自分の価値を疑ってしまいそうになる。
そんな揺らぎと戦いながら、それでも前線に立ち続けなければいけないのが「エース」の宿命なのかもしれない。
「個で違いを出す」ストライカーが語る決意
2024年シーズンの終盤、柏レイソルは再び大きな舞台に立つことになる。
国立競技場での決勝。
ルヴァンカップ、あるいは天皇杯。
柏にとっては、少し苦い記憶が刻まれた場所だ。
- 2020年ルヴァンカップ決勝:FC東京に1-2で敗戦。
- 2023年天皇杯決勝:川崎フロンターレと0-0からのPK戦、7-8で惜敗。
あと一歩届かなかったタイトル。
国立のピッチには、悔しさと未完の物語が積み重なっている。
そんな国立での前日練習を終えた細谷真大は、淡々とした口調でこう語っている。
「普段通り来ていますし、前日練習も良いイメージでできたと思います。(国立の舞台は)特に(感じることはなく)、でかいスタジアムだなと思います。緊張感もなく、いつも通り」
大舞台に浮かれることもなく、必要以上に背負い込むこともなく、「いつも通り」と言い切る冷静さ。
しかし、その奥には揺るぎない覚悟がある。
「最近(タイトルを)取れていない。自分たちは今年2冠取れるチャンスがあるので、しっかりまず1冠を取ってリーグ戦に良い勢いを持っていけたらなと思います」
「個で違いを出せる選手が拮抗した試合を決めるかもしれない」
そう語ったリカルド・ロドリゲス監督の期待を、細谷は自分の中にしっかりと受け止めている。
「前には強いと思いますし、高さもある。対人能力も強いと思うので、その裏のところは常に狙っていきたい。個の部分は自分自身の強みでもあると思うし、個で剥がせるのが自分の特徴だし、そこで違いを出したいし、試合を決定づける得点を挙げたいと思います」
エースストライカーに求められるのは、「最後の1プレーで試合を変える力」だ。
90分の中でボールに触れる回数が少なくても、その1度がゴールにつながれば、チームは勝つ。
だからこそ、「個で違いを出す」という言葉には、自らに課した責任の重さがにじむ。
「9番」を継ぐ者として――工藤壮人への想い
この決勝戦には、もう一つ特別な意味がある。
柏のレジェンドストライカーであり、惜しまれながらこの世を去った工藤壮人。
そのご子息が、この試合でレフェリーエスコートを務めることになっていた。
工藤が柏で背負っていた「9番」のユニフォーム。
今、その番号を託されているのが、細谷真大だ。
「ここで(点を)取らないといけないと思っています。背番号的にもそうですし、しっかり9番が勝たせられるような仕事をしたい」
「(サポーターにも工藤氏が見せたのと)同じ景色を見せたい」
ただの“番号”ではない。
柏レイソルというクラブにとって、9番は「ゴールでクラブを勝たせる」ことを求められ続ける、特別な象徴だ。
育成年代の選手や、その親御さんにとっても、ここには大きな問いが隠れているのではないだろうか。
- 「番号」をもらうとは、どういうことか。
- 「エース」と呼ばれることは、嬉しさだけでなく、どんな責任を伴うのか。
- クラブの歴史や先輩たちの想いを、どのように自分のプレーへとつなげていくのか。
細谷は、そのすべてを、プレーという形でピッチに刻もうとしている。
日本代表で味わう「歓喜」と「悔しさ」
クラブでの奮闘と並行して、細谷は日本代表としてのキャリアも着実に積み重ねてきた。
初選出からW杯予選ゴールへ
2022年7月、EAFF E-1サッカー選手権で初めて日本代表に選出。
中国戦で国際Aマッチデビューを果たす。
その後、U-21、U-22、U-23代表としてもアジアの舞台や欧州遠征、AFC U23アジアカップを経験し、常に「次の世代を担うストライカー」として期待されてきた。
2023年11月には、当初U-22日本代表としてアルゼンチンとの親善試合に招集されていたが、古橋亨梧の負傷辞退に伴い、A代表へ追加招集される。
そして11月21日、2026 FIFAワールドカップ・アジア2次予選・シリア戦で代表初ゴールを記録。
日本代表としての公式戦でゴールを決める。
それは、どんなストライカーにとっても特別な瞬間だ。
アジアカップ、U23アジアカップ、そしてパリ五輪
2024年には、A代表としてAFCアジアカップ2023、U-23日本代表としてAFC U23アジアカップ2024、さらにパリオリンピック本大会と、世代をまたぐ国際大会を経験した。
アジアカップではグループステージ初戦のベトナム戦で先発に抜擢されるが、ゴールは奪えず。
準々決勝イラン戦でも途中出場に終わり、チームは敗退。
一方で、U-23代表として出場したAFC U23アジアカップでは先発としてプレーし、優勝。
パリオリンピックの出場権獲得に大きく貢献した。
パリ五輪本大会でも先発出場を果たし、グループステージ第3戦では待望のゴール。
だが、決勝トーナメント1回戦で敗退し、世界の壁の高さもまた痛感する。
歓喜と悔しさが入り混じる代表での経験は、若きストライカーの内面を確実に変えていく。
「代表に選ばれる選手」から、「代表で試合を決めなければならない選手」へ。
海外組に囲まれて――唯一のJリーグ組として
2024年8月29日、2026 FIFAワールドカップ・アジア3次予選に臨む日本代表メンバーが発表される。
その中で、MF/FW登録16名のうち、唯一の国内クラブ所属選手として選ばれたのが、柏レイソルの細谷真大だった。
海外組が当たり前になった日本代表の攻撃陣。
欧州トップリーグでプレーするストライカーに混じって、Jリーグの選手がただひとり名前を連ねるという事実は、プレッシャーと誇りの両方を伴う。
「Jリーグからでも、日本代表のエースは目指せるのか」
この問いに、細谷真大は今、ピッチの上で答えを出そうとしている。
育成年代の選手たちへ――「紆余曲折」は前提条件
ここまでの細谷真大の歩みを、育成年代の選手たち、そして指導者や親御さんはどう受け止めるだろうか。
柏アカデミーからトップへ。
J1ベストヤングプレーヤー、J1ベストイレブン。
A代表、W杯予選ゴール、アジアカップ、U23アジアカップ優勝、パリ五輪出場。
列挙すれば、華やかな肩書きが並ぶ。
しかし、その裏には必ず次のような現実がある。
- デビューしても、すぐに試合に出続けられるわけではない。
- 一度ブレイクしても、翌年必ず数字を伸ばせるとは限らない。
- 代表でチャンスをもらっても、ゴールが奪えない試合の方が多い。
- 期待が大きくなるほど、「決められなかった1本」が心に刺さる。
だからこそ、細谷のキャリアは、「紆余曲折があること」そのものがプロの前提条件であることを教えてくれる。
うまくいっているときは、誰もが褒めてくれる。
記事にもなるし、注目も浴びる。
だが、本当に問われるのは、結果が出ないときにどう振る舞うか。
ゴールが決まらない時間に、何を考え、何を続けるか。
国立の決勝を前にしても、「緊張感もなく、いつも通り」と言い切る細谷の言葉は、その揺らぎの時間を何度も越えてきたからこそ出てくるものなのかもしれない。
「個で違いを出せる選手」は、どのように生まれるのか
リカルド・ロドリゲス監督は、「個で違いを出せる選手が拮抗した試合を決めるかもしれない」と語った。
では、その「個の違い」は、どのようにして培われるのだろうか。
柏のアカデミーで育った細谷は、長い時間をかけて同じスタイル、同じ価値観の中で育成されてきたわけではない。
途中で監督も、チーム状況も、クラブを取り巻く環境も変わる。
それでも「自分の強みは何か」を問い続け、伸ばし続けてきたからこそ、今の細谷真大がある。
- 裏への抜け出し
- 対人の強さ
- 前を向いたときの推進力
- ゴール前での一瞬のポジション取り
どれもシンプルな要素だが、それをプロのレベルで「武器」として成立させるには、膨大な反復と、自分自身への厳しい問い直しが必要だ。
育成年代の選手たちは、「練習メニューの量」や「走行距離」だけではなく、「自分の武器をどう磨くか」という視点を、細谷のプレーから感じ取ってほしい。
そして指導者は、「チームとして良い選手」を育てることと同時に、「個で違いを出せる選手」を意識的に育てようとしているだろうか。
柏の9番、日本の9番へ――その途中にある今
今、この瞬間の細谷真大は、「完成されたストライカー」ではない。
J1で2桁得点を挙げたシーズンもあれば、期待に対して物足りない数字で終わったシーズンもある。
代表でも、ゴールを決めた試合もあれば、プレーに悔いを残した大会もある。
それでも、柏レイソルは彼に「9番」を託し、日本代表は海外組に囲まれた中で彼の名前をリストに載せ続けている。
信頼される選手とは、「常に最高の結果を出す選手」というより、「どんな状況にあっても向き合い続ける選手」なのかもしれない。
結果が出たときだけではなく、出ないときにも前を向く。
タイトルを逃した悔しさを背負いながら、それでも次の決勝で「ここで取らないといけない」と言葉にできる。
国立競技場での決勝。
柏のエースとして、工藤壮人の9番を継ぐ者として、唯一のJリーグ組として日本代表に選ばれるストライカーとして。
細谷真大のサッカー人生は、まだ途上にある。
紆余曲折のその先に、どんなゴールとどんな景色を描いていくのか。
その答えを、彼自身がピッチの上で書き続けている。






