鹿島一筋でつかんだ17歳のJ1デビュー 左サイドバック佐藤海宏が示す「短い時間で結果を出す」成長の軌跡

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佐藤海宏、17歳の左サイドバックが歩み始めた「鹿島一筋」の物語

2007年2月26日生まれ、茨城県鹿嶋市出身。

鹿島アントラーズの背番号36、DF佐藤海宏。

公式プロフィールに並ぶ事実だけを追えば、順風満帆なエリートコースにも見えます。

鹿島ジュニアからジュニアユース、ユース、そしてトップチームへ。

U-15候補、U-16候補、U-17日本代表、U-18日本代表、そして2025年にはU-20日本代表にまで名を連ねる。

23年には国体少年男子の部で優勝。

鹿島が育て、世代別代表が認め、日本の将来を託されつつある17歳。

しかし、そのサッカー人生を少し深く覗いてみると、そこには「順調」という一言で語り尽くせない、揺れ動く感情や、少年らしい葛藤と成長の軌跡が浮かんできます。

「鹿島ジュニアからトップチームへ」―夢の線路の上で

所属:鹿島アントラーズ。

経歴:鹿島ジュニアユース、鹿島ユース。

この二行のプロフィールの裏側には、「鹿島一筋」であることの重さと覚悟があります。

鹿嶋市に生まれ育ち、すぐそばにカシマサッカースタジアムがある少年。

目の前の街に、Jリーグの歴史をつくってきたクラブがある。

その環境は、一見「恵まれている」と表現されがちです。

けれど同時に、「ここでプロになりたい」「このエンブレムを背負いたい」と思えば思うほど、その夢は身近であるがゆえに、届かなかったときの距離は計り知れないものになります。

鹿島ジュニアの頃から、彼はいつも鹿島のエンブレムとともに育ってきました。

鹿島Jrユース、鹿島ユースと階段を一つずつ上るなかで、周囲の期待も、チーム内の競争も、年齢とともに増していきます。

21年にはU-15日本代表候補、22年にはU-16日本代表候補に名を連ねます。

代表候補は、「選ばれた」証である一方、「次は本当に代表に入れるか」という新たな不安の始まりでもあります。

呼ばれることが当たり前ではない中で、名前が読み上げられるたびに、ホッとする一瞬と、また次のステージへのプレッシャーが重なる。

その後、23年にはU-17日本代表として国際ユースin新潟に出場。

24年にはU-18日本代表としてスペイン遠征、25年にはU-18日本代表としてイングランド遠征、さらに同年U-20日本代表としてフランスで行われるモーリスレベロトーナメントにも選出されます。

「候補」から「代表」へ。

少しずつ、「可能性」から「責任」へと立場が変わっていきました。

二種登録の時間――「プロのロッカーに入る」という現実感

彼がプロの扉を本格的に叩いたのは、まだユースに在籍していた2022年。

鹿島アントラーズの二種登録選手として、トップチームに登録されたのです。

22年の背番号は44。

24年には再び二種登録され、背番号は43。

プロのロッカーに入り、トップチームの選手たちと同じグラウンドで練習し、同じメニューをこなす。

そこで感じたのは、「自分もこの場所に立てるかもしれない」という手応えと同時に、「まだここでは戦えない」という現実の差だったはずです。

そして、その差をどう受け止めるかが、多くの育成年代の選手にとってターニングポイントになります。

練習試合の最後の1本、短い時間での出場。

それは佐藤海宏にとって、トップチームを意識し始めてから続く「役割」でした。

本人もこう語ります。

「練習試合でも最後の1本での出場や、短い時間での出場が多くなることは、プロに入る前から分かっていたところだったので、(短い出場時間でも)結果を残したいです。」

この言葉には、「限られたチャンスをどう使うか」というプロの入り口に立つ選手のリアルな感覚がにじみ出ています。

育成年代の選手たちの中には、「試合に長く出られたらもっとできるのに」と感じている選手もいるかもしれません。

しかし、プロの世界に近づくほど、「短い時間での勝負」が当たり前になっていきます。

その中で、自分は何を示せるのか。

佐藤は、その課題から目をそらさずに向き合ってきました。

23年国体優勝が教えてくれた「勝ち切る」経験

2023年、彼は国体少年男子の部で優勝を経験します。

同年代のトップクラスの選手が集う大会で、「優勝」という結果を掴むことは、数字では測れない大きな財産です。

トーナメントを勝ち上がる重圧。

負ければ終わりの一発勝負。

そこでプレーする中で、「勝つために何が必要か」を、身体で覚えていきます。

ただ上手いだけでは届かない領域。

一つのプレーの選択、一瞬の判断、その小さな差の積み重ねが、勝敗を左右することを知ったはずです。

それは、後にJ1のピッチに立ったとき、彼が語る「時間の使い方」や「頭の部分」の話にもつながっていきます。

2025年2月22日、カシマスタジアム――17歳のJ1デビュー

2025年、17歳。

ついに佐藤海宏は、鹿島アントラーズのトップチームに正式昇格します。

背番号は36。

左サイドバックのポジションは、クラブの象徴的存在であるDF安西幸輝が絶対的レギュラーとして君臨する場所でした。

多くの人は思っていたはずです。

「デビューまでは時間がかかるだろう」と。

ところが、その予想はいい意味で裏切られます。

2025明治安田J1リーグ第2節、東京ヴェルディ戦。

ホーム・カシマスタジアム。

試合終盤、スコアは4点差。

87分、ピッチサイドに呼ばれたのは、17歳の左サイドバックでした。

鬼木達監督は、起用の理由をこう説明しています。

「トレーニングやトレーニングマッチで結果を残していた選手の一人でした。いろいろなことがあってメンバーに入ることになりましたが、17歳でもうすでにハードワークができたり、チームに必要な部分は非常に持っていますので、起用する立場としても『楽しめる』というか、そういう状況で送り出すことができました。」

「楽しめる」という言葉が印象的です。

若い選手を起用するとき、監督は少なからずリスクを背負います。

それでも、「送り出すことができた」「楽しめる」と言わせたのは、日々のトレーニングとトレーニングマッチで、彼が積み重ねてきた「信頼」そのものなのでしょう。

さらに、鬼木監督はこう続けます。

「出来ればカシマスタジアムでデビューさせてあげたかったので良かったです。」

鹿嶋市出身で、鹿島ジュニアから育ってきた選手が、鹿島のホームスタジアムでプロデビューを迎える。

これは選手だけでなく、クラブにとっても、一つの理想的な物語です。

「憧れの舞台」で感じた喜びと、17歳の自己評価

試合後、佐藤海宏は率直な思いを語っています。

「両親、兄弟はじめ、いろいろな人が見てくれた。」

「(たくさんの人が見てくれた中で)ホームでデビューできたことは本当に嬉しいです。」

「自分が憧れていた舞台で、思い描いていたよりも早くプレーできたので、嬉しい気持ちでいっぱいです。」

「自分が小さかった頃からは考えられないような姿で、いまサッカーができています。」

カシマスタジアムのスタンドには、家族がいました。

幼い頃から地元で見てきた舞台。

そこで、自分がプロとしてピッチに立つ。

それは、彼にとってだけでなく、家族にとっても、一つの「夢の到達点」だったはずです。

けれど、彼はその喜びに浸りきることはありません。

むしろ、次の言葉にこそ、佐藤海宏という選手の本質が表れています。

「まだデビューしただけなので、これからもっとチームの勝利に貢献できるようになりたいです。」

これは、華々しいデビューの裏側で、自分自身を冷静に見つめようとする17歳の姿です。

ピッチに立ったのは87分、4点リードの状況。

試合の勝敗は、すでに決していました。

それでも彼は、そこで見えた課題から目を背けません。

「あまり緊張はせず、気持ちの面では落ち着いて試合に入れたと思うのですが、いざプレーしてみるとメンタル面でもまだまだ未熟だなと思いました。良い経験になったかなと思います。」

「自分が入った時間帯は押し込まれている状況だったので、はっきりプレーするところ、時間の使い方、頭の(考える)部分で自分はまだまだ足りないと思いました。」

彼が反省点として挙げたのは、「技術」ではなく、「メンタル」と「時間の使い方」、「頭の部分」でした。

17歳のサイドバックが、J1のピッチに立って最初に感じたのは、「プロの試合の中で、何を優先するべきか」というゲームマネジメントの難しさだったのです。

「短い時間でも結果を」――攻撃的SBの矜持

左サイドバックでありながら、彼はこう語ります。

「攻撃が好きで得点に絡んでいくプレーが自分の特長でもあるので、アシストだったり得点だったりは意識して、これから取り組んでいきたいです。」

現代サッカーにおいて、サイドバックは「守るだけ」のポジションではありません。

ときにウイングのように高い位置を取り、ビルドアップに関わり、ゴール前に顔を出し、チャンスの数を増やしていく。

U-17、U-18、U-20と世代別代表でも選ばれてきた彼の中には、その意識がはっきりと根づいています。

「短い出場時間でも結果を残したい」。

これは、途中出場が多くなる若い選手にとって、一つのキーワードかもしれません。

残り数分で試合に投入されたとき、何をするべきでしょうか。

  • 無難に終えることか。

  • リスクを冒してでも、ゴールやアシストに絡むことか。

  • それとも、チームにとってベストなゲームマネジメントを優先することか。

プロの試合では、そのすべてが求められます。

ただ走るだけでは足りない。

ただつなぐだけでも足りない。

状況を読み、リスクとリターンを計算しながら、自分の特長を発揮する。

その難しさにぶつかったからこそ、彼は「頭の部分で自分はまだまだ足りない」と言葉にしました。

育成年代の選手たちへ――「憧れのクラブに居続ける」という選択

鹿島ジュニアから鹿島ユースを経て鹿島アントラーズのトップチームへ。

これは日本サッカー界における、一つの「理想的な育成ルート」のようにも見えます。

しかし同時に、それは非常に険しい道のりでもあります。

クラブの内部には、同じポジションを争う選手が何人もいます。

外からも、有望な選手が次々と加入してきます。

「自分より評価されている選手」が、隣にいる現実。

それをどう乗り越えるか。

佐藤海宏は、鹿島という一つのクラブで、自分の価値を証明し続ける道を選びました。

それは、転校も転籍もせず、同じ学び舎で「トップの成績」を目指し続けるようなものかもしれません。

環境を変えれば、もっと出場機会が増えるかもしれない。

もっと評価される場所があるかもしれない。

けれど、彼は「鹿島の選手として、このクラブで勝負する」ことを選んだのです。

育成年代の選手や、その親御さん、指導者の方々にとって、「環境を変えるか」「今の場所で戦い続けるか」という悩みは、常につきまとうものです。

その問いに、正解はありません。

ただ一つ言えるのは、「どこで戦うか」を決めたあとに、「どう戦うか」が問われるということです。

佐藤は、鹿島という場所を選び、その中で日々のトレーニングとトレーニングマッチで「結果を残す」ことで、J1第2節という早すぎるプロデビューを引き寄せました。

Jリーグを夢見る少年たちが、彼の背中から何を学ぶか

17歳でJ1にデビューした選手の姿を見て、「特別な才能があったから」と片づけてしまうのは、簡単です。

しかし、その「才能」の中身をよく見てみると、必ずしも派手なスキルや圧倒的なフィジカルだけではありません。

  • 短い出場時間をどう活かすかを意識し続けたこと。

  • 「攻撃が好き」という自分の特長を理解し、それをどうチームの武器にするか考え続けていること。

  • デビュー戦直後に、喜びだけでなく「メンタル」「時間の使い方」「頭の部分」の課題を挙げられる自己分析の目を持っていること。

  • 鹿島というクラブの内部で、長い時間をかけて信頼を積み上げてきたこと。

これらは、今日からでも、どのカテゴリの選手でも意識できる要素です。

「今、自分は何が得意で、何が足りないのか。」

「限られた時間でも、何をもって“結果”と言えるのか。」

「試合の状況に応じて、頭を使ってプレーできているか。」

指導者にとっても、彼のような選手をどう起用し、どう送り出すかは、大きなヒントを与えてくれます。

鬼木監督が語った「楽しめる」という言葉には、日々の練習で見てきた成長への信頼と、「このタイミングなら出しても大丈夫だ」という確信があります。

若い選手を起用するとき、指導者がその裏側にどれだけの準備と観察を積み重ねているか。

選手側もそれに応えるべく、どれだけ積み上げられているか。

その関係性が、「J1第2節でのデビュー」という結果を生み出したと言えるでしょう。

これからの「左サイドバック佐藤海宏」の物語

U-20日本代表としてフランスのモーリスレベロトーナメントに臨み、U-18日本代表としてイングランド遠征、スペイン遠征も経験する。

クラブでは、安西幸輝という絶対的存在の背中を追いながら、短い出場時間から少しずつ出場機会を伸ばしていく。

高いレベルの中で、自分の特長である「攻撃参加」と、「頭を使った守備」「ゲームマネジメント」をどう融合させていくか。

プロとしてのキャリアは、まだ始まったばかりです。

怪我をするかもしれない。

試合に出られない時期も、必ず訪れます。

代表から外れることも、あるかもしれません。

それでも、彼はきっと自分に問い続けるはずです。

「自分は、何でチームに貢献できるのか。」

「今、この時間でできる最大限とは何か。」

「鹿島アントラーズの左サイドバックとして、どう成長していくのか。」

鹿嶋市の少年が、憧れのクラブで、憧れのスタジアムで、憧れのポジションをつかみ取ろうとしている。

その姿は、全国でボールを追いかける育成年代の選手たちにとって、「遠い誰かの成功物語」ではなく、「自分もこうなれるかもしれない」と感じさせてくれる一つのリアルなモデルです。

あなたがもし、ベンチから最後の数分で呼ばれる立場にいるのなら。

あるいは、同じクラブに長く在籍しながら、なかなか評価が見えずに不安を抱える選手なら。

あるいは、選手の出場時間が短くてもどかしさを感じる親御さんなら。

「短い時間で何ができるのか。」

「今いる場所で、どんな信頼を積み上げられるのか。」

17歳でJ1のピッチに立った佐藤海宏の歩みを、一度自分自身に重ねてみることで、見えてくるものがあるはずです。

LANGL SCOUTING & SUPPORT PROGRAM

評価 :5/5。